第3話 裁判・二日め2
まるで待ちかまえていたように、アナウンスが入った。
「今夜の裁判を始めます。誰を処分するか決まりましたか?」
昨日の沢井はその場にいる人たちの意見を聞いた。
ところが、今日はそれさえしない。
「青居和久だ」
木村の了承はとってあるから、遠慮なく宣言する。
「決定は多数決でなければなりません。みなさん、それでよろしいですか」
アナウンスの女声が告げるまで、詩織はウッカリ多数決というルールさえ忘れていた。
ほかの人たちはそれぞれの顔色をながめるばかりだ。
この決定で人が一人死ぬ。グールかもしれないが、そうでないかもしれない。自分が他人の生死の責任を負わされる事実に、まだ抵抗を感じている。
「挙手をお願いします」
強い口調で求められ、島縄手がまっさきに手をあげた。自分が助かれば、他人の命なんてどうでもいいのだろう。
金髪美少女のアリスが手をあげた。とたんに、とりまきの男たちがワラワラと挙手する。
それを見て、その場にいるほとんど全員が手をあげた。詩織も島縄手や沢井ににらまれて、自分だけ無視するわけにはいかなくなった。おずおずと手をあげる。
「では、今夜の処分者は青居和久に決定します」
おどろいたことに、天井からシネマスクリーンがおりてきた。映画のように、どこかの室内が映しだされる。男が一人、あわてふためいて部屋のすみでうずくまっている。青居だ。
「これ、室内にカメラがあるんですよね。お姉さん」
香澄に言われて、詩織も気づいた。おそらく、この建物のなかには、いたるところに監視用のカメラが仕掛けられている。どこかから見られている気はしていたが、その気配だったのだ。
考えているうちに、スクリーンに映る青居のようすがおかしくなった。
おそらく、このアナウンスは青居の耳にも届いたのだろう。目をみひらき、何かを叫ぶようすでうろたえていたが、急に喉元を両手で押さえ、ケイレンを始めた。部屋のなかが妙に白っぽい。かすみがかかっている。
「毒ガスだ……」
ぽつりと、神崎がつぶやく。
やがて、青居は泡をふいて倒れた。大きくのたうっていた体が不自然にピンと硬直する。
「死んだ……のか?」
沢井がかたい表情でつぶやく。
とつぜん走りだしたのは、神崎だ。さっき、青居がたてこもっていた部屋へ向かっていく。
詩織も追いかけた。
ちょうど部屋の前にロボットが集まってくるところだった。部屋の鍵をあけて、なかへ押しいる。白い煙がほんのりと扉からもれる。
「さがって」
神崎は片手で自分の口をふさぎながら、もう片方の手で詩織の肩を押して離れさせる。さっきの映像が作りものでないなら、あの白い煙は毒ガスだ。
「あの人、ほんとに死んだんですか?」
話しかけると、神崎は詩織の名札をしげしげと見つめた。ハンサムな顔はポーカーフェイスで感情が読めない。
こっちはドキドキしているのだが、神崎は詩織をどう思っているのだろうか?
しばらくして、部屋のなかからロボットが出てきた。ピンと棒のように伸びきった青居の死体をかかえて出てくる。ストレッチャーに載せて、どこかへ運んでいく。
「あいつら、どこから来て、どこへ行くんだろう?」
神崎はそう言うと、ロボットを追いかけていく。
「あの……」
「来るんなら急いで」
「は、はい」
口を押さえて部屋の前をかけぬけ、ロボットを追う。ロボットは二体。ストレッチャーの前後についている。楕円形の頭に寸胴のボディ。腕は人間のような関節があって屈折する。が、足は短く、キャタピラがついていた。あれでは階段をのぼりおりできない。
ついていくと、建物の最奥あたりにまで来たようだ。そこにエレベーターがある。ロボットたちはエレベーターのドアのなかへ入っていった。スッと詩織たちの鼻さきでドアが閉まる。
神崎がとびつき、昇降ボタンを押した。が、ドアはひらかないし、反応もない。こっちからの操作は遮断されているのかもしれない。
建物の階層などを示す表示板はなく、エレベーターがどこへむかっていったのかはわからない。が、チーンとどこかで音がした。目的階に到着したのだろう。
「死体置き場がどこかにあるんだな」
「そう……みたいですね」
気づけば、うしろに沢井が立っていた。
「どうなった?」と聞いてくるので、神崎が肩をすくめる。
「死体が運ばれていった。まちがいなく、処刑された」
「そうか……」
沢井の手がふるえている。強がっていても、自分の意思で人を処刑したのだ。やはり、それなりの打撃を受けている。
詩織だって、自分が加担したのだと思えば、気分が重い。
こんなことが、あと何度続くのだろう。せめて、青居が確実にグールであってほしいと願った。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます