第三話 裁判・二日め

第3話 裁判・二日め1



 アナウンスが終わったあとも、全員が押し黙っていた。

 グールを見つけられないまま一週間経過すれば、そのまま実験台。

 それは死刑そのものにほかならない。グールに食われるか、グールにされたあげく切り刻まれて死ぬかの二択……。


 木村が顔をあげた。

「さっきの方法で最終日にはまにあう。だが、なるべくムダな死をさけたい。それと我々の勝利をさらに確実なものにするために、一日でも早くグールを見つけよう」


 たしかに、そのとおりだ。

 しかし、ではどうやって、グールをあぶりだすのか?


「単独行動している者を一人ずつ見つけだし、兆候がないか調べる。それができなければ、一室に閉じこめて、一晩、外に出られないようにする」


 沢井もうなずいた。

「その方法なら、一人ずつ、つぶしていけますね」


 たしかにそうかもしれない。しかし、ほんとにそれでいいのだろうか?

 もちろん、自分たちの命がかかっているのだから、みんなが必死なのはしかたない。それでも、どんどんエスカレートしていく沢井たちの行動が怖かった。自分たちが正しいと信じて、暴走していくのではないかと案じる。


 昼食をはさんで一日じゅう、沢井たちは単独行動の人たちを探しまわった。

 何人かは空腹にたえかねて、ホールにやってきたところを捕まった。しかし、誰も兆候らしきものは見つからない。


「木村さん。この人たち、どうしますか?」

「一室にまとめておいて、翌朝、全員無事なら、グールではないと証明される」


 捕まった人たちは、たがいの顔を見て青くなる。


「そんな! このなかにグールがいたらどうするんだ!」

「そのときは運が悪かったと思ってくれ」


 まだ二日め。

 でも、すでに誰も木村と沢井に逆らえない。

 詩織は何も言えないまま、これらのようすを見ていた。


 夕食前に裁判のための相談が始まった。最終日に必ずグールをしとめるためには、もうあとは一度たりとも、処分の執行を放棄するわけにはいかない。

 その人がほんとにグールかどうかは関係なく、誰か一人を必ず生贄いけにえに選ばなければならないのだ。


「誰が怪しいと思いますか? 木村さん」

「我々の前に姿を見せた人たちは、油断があったんだ。それだけ覚悟が浅い。もしも自分がグールなら、たった半日の空腹ていどで、ウカウカと人前には出てこないだろう」

「ですね。つまり、彼らがグールである可能性は低い。だからこそ、一晩の猶予ゆうよをあたえて、無実を証明しようというわけですね」

「そういうことだ」


 そう。グールなら、正体がバレたら確実に処分される。それを押してまで人前に出てくる利点は少ない。

 要するに、今ここにいない人こそ、もっとも怪しい。


 アリバイのあった人物十七人。昼食のときに捕まった人たち六人がホールにいた。一人は死んだから、ここにいないのは六人だ。


「島縄手と神崎がいないな。ほかは名前もわからないやつら」


 椅子のネームシールはいつのまにか半数くらい剥がれているので、まったく参考にならない。

 あっと声をあげたのは、メガネの津原だ。


「あいつ、いないんじゃないですか?」

「あいつ?」と、沢井が答える。

「ほら、朝食のときに逃げだそうとして、沢井さんが捕まえた男ですよ。夕方になったら、もう一回、兆候がないか調べようって」

「青居か。あいつは夕食前に来るっていうから部屋に帰してやったんだが……」


 だが、夕食が始まっても、青居は来なかった。

 かわりに、やってきたのは、謎めいた美青年神崎と、島縄手だ。沢井やほかの男たちが緊張して椅子から立ちあがる。捕まえようというのだ。


 その先手をとるように、神崎が口を切る。


「待った。あんたたちの言いたいことはわかってる。おれたちにアリバイがないっていうんだろ? だから、こっちから提案がある。今夜、おれとコイツは一室でたがいを監視しあう。外から鍵をかけられるんなら、そうしてくれてもいい。明日の朝まで何事もなければ、おれたちは二人ともグールじゃない。もしも、どっちかがグールだったとしても、殺されるのは同じ室内のおれか、コイツだ。あんたたちにとってはグールの正体がわかる千載一遇せんざいいちぐうのチャンスだ。そうだろ? 今夜一晩だけ、おれたちを処刑するのを待ってくれ」


 沢井は木村を見た。木村は熟考したのち、うなずく。


「いいだろう。理にかなってる」


 詩織は胸のつかえがとれた。

 神崎が自分から言いだしたのだから、少なくとも彼はグールではないはずだ。


 彼が今まで隠れていたのは、そのためだったのだ。昨夜のアリバイがない彼らには、こうすることでしか他の人たちの——とくに沢井たちの信用を得られないと悟ったからこそ、夜まで身を隠していた。


「それはいいんだが、外から鍵のかかる部屋なんてあるかね?」と、木村は首をかしげた。

 沢井も頭をひねる。

「そういえば、どうなんですかね」


 詩織たちの部屋はいわゆるサムターン式だ。つまみをまわして鍵をかける。だから、なかから施錠はできるが、外からはできない。


「調べてみましょう」


 沢井は何人かの男をつれて歩いていった。

 詩織たちはそれを見送った。昨日から立て続けにあれこれあって疲れてしまった。食欲はないながらに夕食をとる。


 すると、まもなく、さわぎ声が聞こえてきた。一階の奥のほうだ。


「ねえ、なんかあったんじゃないの?」と、里帆子が言うので、神崎が立ちあがる。

 声のするほうへ急ぐ彼を見て、思わず、詩織もあとを追っていた。香澄や優花もついてくる。


 さわいでいるのは、どうやら青居だ。一室の扉を沢井がたたいていた。


「おい。青居さん。出てこいよ。あんた、夕方になったらもう一回、おれたちに調べさせるって言ったろ? だから信用したんだぞ。出てこれないのは、やっぱり、あんたがグールだからか?」


「違う! そうじゃない。けど、あんたたちはどうせ、誰でもいいから犠牲にしたいんだろ。出てったら、難癖つけて、おれを化け物にしてしまうんだ!」


「ちゃんと調べる。問題なければ、あんたは容疑から外れるんだ。出てこいよ。こんなことしてたら、自分で自分の首しめるだけだぞ」


「嘘だー! おれは殺されるんだ。絶対、殺されるんだー!」


 もともとネガティブ思考におちいりやすいのかもしれない。青居はパニックを起こして、まったく話にならない状態だ。


 チッと沢井が舌打ちをついた。そのまま、もとのホールへ帰っていく。

 なんとなくイヤな予感がした。追いかけていくと、案の定だ。


「木村さん。やっぱり、青居は怪しい。今夜の裁判は、あいつをさしだそう」


 木村はあっけなく承諾した。

「よし。そうしよう」

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