シャトーブリアン(ドラゴン肉)

赤城ハル

第1話

「エル、知ってるかい? フィレの美味しいところがシャトーブリアンだよ。そして日本ではフィレではなくヒレと呼び、関西ではヘレと呼ぶ」

「ああん?」

 レッドドラゴン解体中にクロードが手伝わずに蘊蓄うんちくを語るので俺はガンを飛ばす。

 まず俺とキャルルが爪、クロードがツノを切断することにしている。

「シャトーブリアンというのはフランスの作家シャトーブリアンがその部位が好きだったからという説と地名シャトーブリアン説の2つがある」

「どーでもええ! 仕事しろや!」

「解体は君の専売特許だろ?」

「なんでやねん!」

「イントネーションおかしくない?」

「知るか!」

 30年大阪育ちだった俺に関西弁のイントネーションを語るなっての。

「ツノは終わったよ」

「はえーな。せやったら次は自分のエクスカリバーでこいつを首と脚、胴体、尻尾と斬り別けろ」

「まずは鱗を取った方が良くない? 魚だって切る前に鱗を取るでしょ?」

 そうだった。俺としたことがすっかり忘れていた。

「じゃあ、取れや!」

「関西弁は怖いなあー。でも、どうやって鱗を取ろうか? 面倒だから、いっそ皮を剥ぐ? 鱗いる?」

「自分何言うとんねん。鱗は金になるやろ。それに皮を剥ぐと鱗を取りにくいやろ」

 実は鱗が一番金になる。というかハンターの多くは鱗かツノ、爪を狙っている。

 自分達のような変人美食家のために肉を削ぐなんてのは珍しいのだ。

 なぜならドラゴンの肉は保存には効くが、硬くて臭みがあるので、あまり好かれない。基本はジャーキーだ。

 だがドラゴンは希少種ゆえ、多少、味に問題があってもグルメ家やゲテモノ好きがそこそこの値で買い取ってくれる。

「ほら、暇やったら鱗を剥ぎ取りぃ」

「はい、はい」

 クロードはレッドドラゴンの背に乗り、屈んで鱗に手を当てる。

 鱗を掴むと腕をぶるぶると震わせて、鱗を揺する。そして引っ張り上げる。

 鱗は盾サイズの大きさで重い。それをクロードは軽々と持ち上げ、地面に投げ捨てる。

「鱗も売るんやから、丁重にな」

 そこで前足の爪を抜き取ったキャルルが、

「終わりました」

「そーか」

「エルさん、言葉がカンサイ弁になってますよ」

「ああ、すまん。あいつが故郷の話をしたからつい」

 俺とクロードは転生組で俺は大阪、クロードは千葉である。

 キャルルには転生の話は内緒で大阪や千葉は遠い村の名前ということにしている。

「なあ、これって耐熱加工の材料になるんだっけ?」

 クロードが剥ぎ取った鱗を持ち上げて聞く。

「耐熱材料でなくて熱放出」

「ん? 火を吹くから熱に強いんだろ?」

「ちげーよ。火を吹くから体内の熱を放出してんだよ。放出しなかったら内臓がレバーになるだろ」


  ◇ ◇ ◇


 鱗を剥ぎ取り、皮を剥いだところで猛禽類の鳥達が周囲に群がる。まだ血臭は撒き散らしていないのに、よくもまあ、こんなに集まるもんだ。この後のことを分かっているのだろう。

「よし。次は肉だ。クロード! けろ」

「任せろ!」

 クロードは勢いよく飛び、首、両肩、両股をエクスカリバーで斬る。

「おい! 尻尾は? それだと六つ別けだろ?」

 こいつもしかして。

 斬り方もいつもと違う。肩ではなく腋から首元まで斬る、斜め斬り。

「シャトーブリアンか?」

「おう」

「フィレがどこか知ってるのか?」

 サーロインやロース、カルビ、ランプ、タン等、肉の部位の名称は知っているが、どこかとは分からない。

「大丈夫。メドベーデワ侯爵から話は聞いてる」

 メドベーデワ侯爵は買取主の一人。

「高くで買ってくれるってよ。それに俺たちにもご馳走するって」

 高くで買い取ってくれるのは嬉しいが、ドラゴン肉はいらん。普通の牛肉でいい。

「シャトーブリアンって、またエルさんたちの郷土料理ですか?」

「いや、違う。肉の部位だ」

 またというのは前に牛丼を作ってやったときのことだ。この世界では肉はステーキ型で調理されるのが当たり前で、薄切りという文化はなかった。だから牛肉を薄切りにして、タレを染み込ませ牛丼を作った。

 その時は好評だった。

「シャトーブリアンって美味しいんですか?」

「……牛肉ではな。ドラゴン肉は知らんな」

 俺とキャルルはクロードの肉捌きを黙って見続ける。


  ◇ ◇ ◇


 場所は変わって豪邸のダイニング。

 細長いテーブルに、上品な白のテーブルクロス。

 上座に豪邸の主人がほくほく顔で座っている。

「いやあ、仕事が早くて嬉しいよ」

 豪邸の主人はメドベーデワ侯爵。美食家にありがちな脂肪の塊のような体型である。

「……なんか自分達まですみません」

 本当はさっさと帰りたかったのだが、クロードのやつが、「ご相伴承り」なんて言いやがったせいで今に至る。

 さすがに汗や血臭の匂いがあるため、豪邸の大風呂をお借りし、かつ替えの服まで頂戴した。

「楽しみですね」

 とクロードは喜ぶ。

 別にクロードは美食家と同じ嗜好を持ってるわけではないが、今回は討伐前に侯爵からあれこれと諭され、常識が麻痺してしまったらしい。

 ドラゴンと牛肉は違うんだよ、クロード。豚と牛は違うとすぐ判るだろ?

 そしてドラゴン肉のシャトーブリアンが運ばれてきた。

 表面はカリカリに、中は赤くぶよぶよ。その上にソースがかけられている。

「野生の動物を狩って、すぐに調理することを君達の故郷ではジビエって言うのだっけ?」

 侯爵がクロードに聞く。

「はい」

 待て、クロード。野生の動物であって、これはドラゴンで魔物だ。

「では食べようではないか」

 侯爵はドラゴン肉をナイフで切り分け、そしてフォークで刺し、口へと運ぶ。

 俺達も侯爵に倣い、ドラゴン肉を食べる。

『うっ!』

 俺達は呻き声を発する。

 臭い。口の中が動物園の匂いだ。

 肉は粘度が高い。生イカみたいだ。噛めば噛むほど口が臭くなる。

 俺は飲み込み、ワインで口を濯ぐように飲む。それでも臭みは取れない。

 クソまずい!

 この中で美味しそうに食べているのは侯爵だけだ。

 クロードに目をやると、残念そうな顔をしていた。

 キャルルはというと、立ち上がり、失礼と言って部屋を出た。

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シャトーブリアン(ドラゴン肉) 赤城ハル @akagi-haru

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