Chapter9 群青-B

 注文したフォッカチオをかじり終わった二人は、再び一息ついた。

「それで、今回の少女連続投身殺人事件の被害者達にはひとつの共通点があった」

「投身なのか? 殺人なのか?」

「どちらも存在しているが、一つの共通点で結ばれている」

 尾花は煙草の煙を吐いた。三島はすこし冷めたホット・コーヒーの最後の一口を飲んだ。

「全員、【かつての一条一縷】を崇拜する教団のようなものに入っていたよ。ソノミヤカズラというのは、その教団の指導者のような立場の者が名乗る名前だった。過去に遡って称号したところ、一縷が七歳で自殺をするまでは戸籍も存在していたようだ」

「までは、ということは、そこでそいつも死んでるわけだな。ふうん、あいつも大変だな。未だにカリスマ性があるなんてね」

「当代の苑宮葛はその教団を立ち上げ直し、見込みのある少女を勧誘しては一条一縷に仕立て上げようとしていた。その悉くが失敗に終わっているようだがな」

 尾花は新しい煙草を指先でくるりと回した。

「それと、一縷が見たらしい殺人鬼らしい人物は、犯人とは別である可能性が高い。何を考えてのことか知らないが、死体損壊犯、と言ったところだな。少女たちの死因は高所からの落下によるものだったよ」

「妖怪眼球抉りか」

「ああ。何故か殺人現場に警察や機関よりも先に訪れて、眼球を抉ったり死体をナイフで刺したりしている奴が居る。彼女が遭ったのはそれだろう」

 三島は胸元から取り出した時計を見た。

「十時半。一旦病院の様子を確認しに寄るが、お前も行くか?」

「ああ。久しぶりに紫機流にも会いたいしな。アイツのことだから、隣のベッドあたりを占領して寝ているかもしれんぞ」

「有り得ることだ。自分用に運び込ませることくらい、やるかもしれないな」



/*== ==*/


 病室の、一縷が居たはずのベッドで爆睡する紫機流を見た三島は、こめかみに青筋を立てていた。

「私は、日和っていた」

 ぼそりと、この上なく低い、まるでドライアイスのような声が響く。

「何故私はこの女がまともに保護者をやるなんて思い込んだんだろうか。丸くなっていた、いや、なり方を間違えていた」

 三島のドライアイスを背に受けながら、尾花は一縷に電話をかけた。しかし、

「繋がらないな」

 一縷は電話に出ることはない。今頃彼女は眼球抉りと二人でドライブ中だった。

 端末を持ったまま尾花が紫機流を揺するが、黒髪が散らばるばかりで紫機流は瞼を開けようとはしなかった。

「んー」

 唸るだけ。

「代われ」

 言いつつ、三島は右手の黒手袋を外した。スーツの袖口から覗いた薄青の肌が空気に触れる。その肌は、普段の彼女がけして人前では見せないものだった。

 三島桂は、偏執狂なのである。

 その右腕は、【自らが絶対に正しい】と三島が認識している場合においてのみ、氷結の異能を顕す。

 横にどいた尾花に代わって三島は右手を紫機流の頚筋にそっと当てた。

 数秒後、ひゃぁああという情けない声と共に紫機流は飛び起きた。

「冷たっ! 冷たい! 何だ、冷やしたエナジィ・ドリンク!? ハードがクラッシュでもしたか!? 何事だ!」

 頚筋に手を当てながら、紫機流は三島たちのほうを振り返った。

「……やあ」

「やあじゃねえよ」

 尾花の呆れ声を意に介さず、紫機流は口の端を曲げた。

「挨拶くらいさせろよ、お前ら。全く、びっくりした」

「びっくりしたのは、こちらだ、紫機流」

 黒手袋をはめ直し、三島は冷たい視線を紫機流に浴びせた。

「一縷はどうした?」

「え? ああ。居ないね? やられたかー」

 シーツの上で笑う紫機流に対して、三島はぴくりとも笑わない。尾花は呆れた顔を隠せずに居る。

「吐け。何を知ってる?」

「んー」

 紫機流は、小さく唸った。

「まあ、そうだな。私は何も知らないよ。嘘じゃない」

「知っている。お前は嘘はつかないな。だが、推測を言わないことはある。言え」

「やりづらい。一縷はもう少し素直だった」

「あの子は、まだ幼いからだ」

 尾花は目を細めた。尾花の記憶が正しければ、その発言は、かつて紫機流がしたものだったからだ。

「ふうん……、お前もまあまあ記憶力がいいね。まあいいや。そうだよ、若干の心当たりはある。どこかしらの監視カメラ、そうだな……一縷のことだから、一回家に帰るだろう。私のマンションの防犯カメラに何かしら映っていると思うから、それを確認してから話させてくれないか? 予想が当たっていれば、ただのデートだと思うんだけどね」

「その、予想を、今話せ」

「怖いよ、桂。老けて見えるぞ」

「意地が悪いと魔女に見えるぞ」

「あーあー。お前、今眼球抉りの写真持ってないの? あったら、それを見せてくれれば事足りるよ」

「持っている」

 ひゅー、と尾花は口笛を吹いた。三島が懐から取り出したタブレット端末を数回タップし、とあるフォルダの画像を開いて見せた。紫機流はその画像に映っている不健康そうな白髪の青年を見て懐かしそうに目を細める。

「ああ、やっぱり。成長してるが、こいつ、乖離の弟だ」

「乖離? 乖離ってあの、お前が高校時代よくつるんでたやつ?」

「ああ。弟の方とも何度か会ったことがある。もしも妖怪眼球抉りがこいつなら、一縷に危害を加えるはずがないよ。まあ、一縷が今誰と一緒にいるかは家のカメラを見なければわからないがね! だから確認させろと言っているのに」

「この後向かう」

 言いつつ、三島はタブレットを回収しようと手を伸ばした。

 その時指先が少しぶれ、眼球抉りの映った写真の次の画像が表示される。

「待て」

 紫機流の声が鋭くなった。

「その画像に映っているのは誰だ?」

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