Chapter7 7,14,17,19,あとはさよなら-A
白い壁。
白い天井。
白いシーツ。
白い椅子。
医師から、説明を聞いた。
右眼は全損。右頬の骨の一部が粉々に砕けて、今は人工の骨を入れている。右眼に入れる義眼は特別に綺麗なものが用意された。
しばらくのあいだは包帯が取れないが、それは我慢してくださいと言われた。
「我慢する必要は特にありません」
私は答えた。特に気にならなかったからだ。もう私は自殺を遂げたのだから、外見に拘る必要はない。
脳、及び胴体の破損は無し。しかし右手はしばらくのあいだ感覚が無いようだ。それも気にならなかった。
身体は動いた。
死のうと思って死んだはずなのに動いているなんて、こんなに不思議な事が自分に起こるなんて、夢にも思っていなかった。
つまり、失敗したのだ。
失敗することがあるなんてなあ。
知らない窓を眺めながら、私は修正案を考えた。
七階から落ちて失敗するとは思わなかった、衝動で何も考えていなかったからだ。きっとそう。
性格が少し変質している気がした。
飛び降りの後遺症なのか、それとも防衛本能なのか――
そこに思想が至ったとき、部屋の入り口に人の気配を感じた。
/*== ==*/
夢を見た。
それが夢だということはすぐに分かった。記憶の再生だったからだ。
「また吐きそう……」
地獄の底から出たような声でぼそりと呟いて、一縷は寝返りを打った。
部屋の入口に立っていたのが誰だったのか、どうにも思い出せないのが気持ち悪かった。寝直したら続きが見られるだろうか、と目を瞑って数分待つが、どうにも眠りの気配は訪れなかったので諦めてベッドから降りた。
汗をかいていたので着替える。ノースリーブの黒ブラウスとスキニーパンツに身を包み、ふと葛ちゃんが長袖だったのはなぜだろうかと考えた。
その手首を隠すため?
久々に思考が飛躍した。抑えなければ、と思いつつ駆け寄ってきたヰドラに触れる。
だとしたら何だ。救われもしない。誰も。
「いちる おはよう」
「おはよう、ヰドラ」
「現在時刻 十時 二十五分」
「昨日よりは早起きだ」
リビングに出て、コーヒーを飲む。
今日は朝食はいいや。
一縷は飲み終わったタンブラーを台所のシンクに置いて、ヰドラにもどれの指令を出した。
携帯端末をポケットに入れて、イヤフォンを耳につける。
音楽をかける気力もなかった。
秋椿十字公園でじんわり汗をかきながらぼうっとしていると、背後から目を隠された。
「よお」
その腕を振り払いながら、一縷はイヤフォンを外した。
「なんだよ、ヨキ」
ベンチの後ろに立っていたのは昨日ぶりのヨキだった。
「何してんの?」
「いや、お前が何してんの……」
「美容院行こうと思ったら今日休みだったからヒマしてるとこ」
「ああ……」
私達の業種はしばしば曜日を見失いがちだった。
「一縷は?」
「んー……あのさ、ヨキはなんで生きてんの」
「ごめんそんなに嫌だった?」
「何が?」
「目隠すの」
「いや、別にそこまで……すぐにヨキだってわかったし」
「じゃあ何でそんな心抉る質問してくんの」
ヨキはベンチを回り込んで隣に座った。
「何かあったん? あのあと」
「やっぱり心抉られるよなあ」
「あ、お前が聞かれたの?」
「そう」
一縷は空を見上げた。雲の一つもない空だった。
「私は何で生きてるんだ?」
「普通そんなこと考えて生きてねーよ、人間」
「そうなの?」
「そうだって。お前、天才やめたんだろ。考えるのやめれば?」
ああ、そうか。
考えるのをやめればいいのか。
一縷は立ち上がった。
「ヨキ、ラーメン食べに行こうぜ」
「立ち直りが早えなあ」
少女ではなくなったのはいつのことだろう。入院中であったことは確かだ。入院中は様々なことが削られた。あるいは、添加された。普通の人間らしくなれるように。
しかしそのどれもが余分で余計で、一縷本来のシャープな思考回路が鈍ってしまった。
考えるのをやめようと思ってやめられることだって、最近の一縷にはできないことだった。一時的にならともかく。
切り替えのスイッチがあるだけ。
それは時限式で、いつの間にかまた元に戻っているのだった。
ヨキとラーメンを食べ終わって、一緒に歩きながら一縷はまたぼうっとしていた。
「なんか根が深そうだな」
「何が?」
「お前が生きている理由?」
「うん、まあね」
仮にも一度飛び降りた身だ。
「生きている理由というか、死んでいない理由かな」
それなら少しは思いつく。
アルバイトをしていること。紫機流への義理。ヰドラの存在。
――そのくらいか。
自分を繋ぎ止める糸は存外少ないものだ、と思った。
その時、目の前にふっと少女が現れた。
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