Chapter3 妖怪眼球抉り-B

「パラノイドは、何屋なんです? 観光案内業じゃないんですか」

「探し屋さ」

「探偵事務所とでも改名したらどうですか」

「残念だがね、店の名前は変えられないね。あと、一縷くん。君は、何もかもを自己顕示欲と錯覚で片付けるきらいがあるから、その点についてもう一度考えてみるといいよ」

 一縷は眉間の皺を更に深くして、溜め息とともに体をシートに沈めた。

 これだから、紫機流の知人は油断がならない。


/*== ==*/


 パラノイドを出て、一縷はぶらりと路地裏の方へ向かった。

 歩きながら考え事をしたい気分だったのである。

 店に帰ってからのミーティングの結果、一縷が今回の件で任されたことは、叔母の紫機流から今回の依頼人との関係を聞き出すことだけだった。残りは總て香屋埜がなんとかするらしい。おおかた、懇意の万屋だの代行屋だのに仕事を振るのだろうと思う。

 これまでも、『探し屋』などという紛らわしい名称のおかげで、興信所や探偵事務所などといったものと間違われて依頼が来ることは多々あった。

 しかし、香屋埜はそれらの依頼も総て請け(違うと知ってなお依頼する方もする方だが)、そして総てを依頼人の納得の行くかたちで収めているというのだから、もう――一縷には理解が及ばない。本当に名前を変えるべきでは?

 案内業としての仕事はほぼ年中あるが、その大半が人づてで任されるもので、店に一見の客が来たことは一縷の職務中には無かった。香屋埜は他に収入源があるらしいので、もしかするとパラノイドは完全な道楽なのかもしれなかった。『本当の話を集めると得られるものがある』という発言もあったことだし、案外そうなのかもしれない。

 社会性とは縁のない一縷は、そのように自分を納得させた。

 路上に停車していたワゴンの横を通り過ぎた瞬間、開いていた車のドアの内側から二の腕を掴まれ車内に引きずり込まれた。鳴り響いていたセミの声がふっと止む。入れ替わりに外へ出た人物は慣れた手つきでスライドドアを閉め、そのまま運転席へと乗り込んだ。シートベルトをしめて、一息ついている。

「!?」

 驚いたのも束の間、一縷は間髪入れずに両手でワゴン車のドアを開こうとするが、ノブが動くだけでドアは開かない。

 鍵はかかっていないのに――――チャイルドロックか!

 この一瞬でよくもやりやがる。

 怒りが沸騰した。

「きみの名前は」

 運転席に座った青年が、ミラー越しに一縷を見た。一縷はひたと睨み返す。一縷がいくら美人だからと言って、このような誘拐をされることは我慢がならない。もっと紳士的にするべきではないのか。

 癖のある白髮。痩せた体。表情の浮かばない顔。細い声。そして、カラーコンタクトでもはめているのか――群青色の目。ずきんと頭が痛んだ。なぜ? その群青には覚えがあった。

「何ていうの?」

 一縷が黙っていると、少年は困ったように眉を寄せた。

「育っているから、間違っていたらどうしようかと思っている。名前を教えてくれないなら、その右眼を見せてくれないかな」

 なぜ要求されているかわからないが、一縷の右の義眼は現在、髪で隠してしまっていた。

「右眼は見せられない」

「どうして?」

 一縷は、この危機的状況に置いて、ふっと躰の緊張が緩むのを感じた。

「好きになられたら、困るから」

「――……、ああ、――きみの名前は、一条一縷だ」

 安心したようにそう断じると、少年は目を伏せて、エンジンのキィを回した。

 うわ、まずい。

 一縷は、シートベルトの金具をひっ掴んで、窓ガラスに思いっきり叩きつけた。

「えっ」

 運転席から悲鳴が聞こえる。構わずに、二度、三度とぶつけると、窓ガラスが綺麗な放射状にたたき割れた。その穴に躊躇無く手を突っ込んで、外側からドアを開ける。腕を切った気がしたが、痛みは感じなかった。

 転がるように車外へ飛び出し、一歩、二、三歩で体勢を立て直す。

「ちょっと、ちょっと待って一縷! 僕のこと」

 誘拐未遂犯の声が追いすがってきたけれど、一縷は待たずに来た方向へと逃げ去った。

 やっと見つけたのに――という声が背を追ってきたような気がした。


/*== ==*/


 裏路地に入り、民家に偽装されている階段から一縷は偏執市場地下部に滑り込んだ。近くに居ても遠くに聞こえる喧騒と、涼しい空気に包まれる。

 石畳風にアレンジされたアスファルトの上を早足で歩き、左右と上下に並ぶ不思議な店の看板たちの下を掻い潛る。

 まったく何だってんだ、と思いながら路地を抜け、一キロほど歩いて地上へ出てしばらく歩くと、ぽつぽつと小雨が降ってきた。

 地下道に戻ってタクシーでも呼ぶか、と思ったとき、右側の腹部にどん、と衝撃が走る。

 右側。

 一縷の右眼に視力はない。右側はめっきりの死角である。さっきの輩か?

 肝が冷えたところでそちらを見下ろすと、そこには黒髪で白いワンピースを身に纒い、とても人とは思えないほどに顔面が蒼白な少女が縋り付いていた。

 一見すると十三、四歳くらいだろうか。

「なんだ?」

 ぽつりと声が漏れる。

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