大好きな君へ届け
冬城ひすい
想いはここに
「――ごめん。わたし、貴方のことを友達としか思えない」
春はすべての始まりの季節で、それには恋も含まれると言った人間はどこの誰だっただろう。
オレ――
どうやら原因はオレのことを男友達としてしか認識していなかったことらしい。
オレの方は初めて会った頃から一目惚れで、接していくうちに彼女の内面にも惚れこんでしまったというのに。
かすみはとても優しい子だ。
クラスで誰もやりたがらなかった生徒指導委員会を進んで立候補したり、迷子になった子供がいれば率先して声をかけに行っていた。
そんなの誰でもできること、と思った人は一度立ち止まって見てほしい。
出来るとは思っても、実際に実行したという人はそれほどいないだろう。
それをずっと傍で見守っていたオレが異性として惹かれることは何も不思議なことではない……と思う。
そんなオレは、かすみの誕生日である今日、彼女の大好物の鴨肉を加え、”鴨肉のゲシュタルト煮込みシチュー”を作ろうとしている。
「それにしても、料理名に”ゲシュタルト”を付けるかすみのセンスには感銘を受けるな……」
この”ゲシュタルト煮込みシチュー”は彼女が中学生になってすぐ、オレの家にお泊まり会をしに来た時に命名したものだ。
名付けられた料理の作り手はオレ。
背伸びしてシチューを作った時に何もかもが溶けたり焦げたりした料理を見てそう命名したのだ。
おっちょこちょいで火にかける時間をだいぶ間違えてしまい、鍋底がプスプスと焦げ始めたころに慌てて火を止めたものだ。
おかげで好きな相手に焦げたルーだけのシチューをご馳走することになってしまった。
それでも「とっても美味しいよ」と笑顔で言ってくれたのに対して、涙が出そうなほど嬉しかったものだ。
高校生のオレ。
月日が経ち、両親は共に海外旅行中でしばらくは帰ってこない。
神様が示し合わせてくれたかのように、かすみの誕生日は今日だった。
「材料よし。調理道具よし。台所の清潔具合よーし」
ブロック状の鴨肉を一口大にカットし、ニンジン玉ねぎなどのシチューに必須な素材を飾り切りにカットする。
可愛いものや綺麗なものに目がないかすみに、楽しんでもらうための一工夫だ。
鍋にバターとサラダ油を投入し、さらにニンニクを入れる。
少し焦げ気味に炒めることで、より香ばしいテイストが引き立つのだ。
鴨肉も投入し、じゅわじゅわと快音を立てながらこんがりとした焼き目がついていく。
そういえば、彼女は小さい頃こんなことを言っていた。
♢♢♢
「優輝から見て、わたしはどんな風に見えてる……?」
「しっかり者で真面目で優しさがある女の子、かな」
「えへへ、そんなに褒めてもらえると嬉しいなあ。全部わたしが好きでやっていることだし、後悔もないんだけどね。でも、ね。本当は少しだけ甘やかされたりしたいんだよ?」
「へえ」
♢♢♢
その時はそうなんだ程度に思っていたオレだが、振られてから自身の行動を振り返ってみた。
すると、オレがかすみを甘やかしたことはただの一度もなかった。
ただひたすらに尊敬と羨望の眼差ししか送ってこなかった。
それではただの友達――いやそれよりも少し遠い存在であるファンと呼ぶべきか。
これでは、オレとかすみでは人として違うと宣告しているようなものだ。
振られた直後、続く言葉は少しだけ寂しさを帯びていたと思う。
「優輝も、他の人たちと一緒なんだね……」
と。
その言葉の真意を今のオレは理解しているつもりだ。
彼女はただ隣り合ってくれる――ともに対等の立場で歩んでくれる人が欲しいのだ。
今思えば、彼女からのサインはところどころ現れていたようにも思う。
だからこそ、オレの胸の痛みはズキズキと激しい。
少なくともそのサインを出してくれるほどには信頼してくれていたってことだから。
そして、それを裏切ってしまったのはオレだから。
ぴぴぴぴっ、ぴぴぴぴっ。
タイマーが”鴨肉のゲシュタルト煮込みシチュー”の完成を知らせてきた。
「……ドキドキの味見タイムだ」
オレは小皿を取り出すと鴨肉一枚とじっくりと煮込んで美しい色合いになったルーをよそう。
「……んだこれっ……! 今までで一番の出来映えだ!」
一人興奮してしまったが、想い人に恥じないくらいの手料理ができたと思う。
「あとはかすみが来てくれるのを待つばかりか」
♢♢♢
「お邪魔しまーす」
かすみの小鳥のさえずりのような声音が胸を一杯にする。
その分も彼女にはお腹一杯になってもらわねばと思う。
「ん? この匂いって……もしかして煮込みシチュー!?」
「流石だな――誕生日おめでとう、かすみ」
オレは部屋に通すと、彼女にテーブルについてもらう。
お昼はオレの家でという話をさりげなく取りつけておいたので、空腹は良い感じに調味料になるはずだ。
炊き立てホカホカの白米にじっくりコトコトと煮込んだシチューをかける。
彼女の大好きな鴨肉がごろりと確かな重量感を宿している。
最後に生野菜のアスパラガスを数本、ブロッコリーを少々載せ、栄養も見た目も尽くせる限りを施す。
「わあっ! すっごく美味しそう!」
トンと皿を置くころにはかすみのお腹が可愛くキュルと鳴き声を上げていた。
「どうぞ、召し上がれ」
「いただきます!」
かすみが銀色のスプーンでまずはルーをすくう。
それをブロック状の鴨肉と共に小さい口の中にぱくりと一口。
「美味しい……! え、え!? ほんとにあの優輝が作ったの!?」
「喜んでくれるのは嬉しいんだけどさ、最後のは余計じゃないか……?」
「ごめんって!」
両瞳を輝かせ、頬を紅潮させながらはふはふと料理を頬張る彼女に心が満たされていくのを感じる。
この幸せそうな笑顔を、オレは見たかったのだ。
二口三口。
それからはもう留まる所を知らなかった。
結局、彼女は三皿も完食してしまった。
♢♢♢
「ふぅ……あんなに美味しい料理、お店でも食べたことがないよ……。鴨肉なんて口の中に入れただけでほろほろと溶けていくし、野菜だって深いコクのルーと絡み合ってて……」
大袈裟な身振りで語り出すかすみを、微笑ましく思った。
だが、このままではオレの伝えたいことが伝えられない。
だから彼女の言動を横断することにした。
「おいおい、料理のリポートになってるぞ」
「あ、えへへ。あんまり美味しかったからさ。まさかあの焦げ焦げの煮込みシチューを作った優輝がここまで美味しい料理を作れるようになるなんて」
「おい」
あの黒歴史は思い出さないでくれと切に願う。
あれからずっと料理の勉強をして、今ではかなりの腕前を持つようになったと自負しているからな。
「ふふ、冗談だよ。優輝の作ってくれた料理ってさ、全部に思いやりが溢れているんだよね。その人の好みの味付けにしたりするしさ」
「まあな。でも、オレはこれをかすみ以外にしたことはないぞ」
「……っ」
オレの言葉でかすみの頬が紅色に染まる。
普段なら決してオレからかすみに積極的な行動をすることはない。
「っ!?」
だが今だけは、かすみの願いを叶えることを許してほしいんだ。
隣に座っていた彼女をオレの膝の上に静かに倒す。
膝枕、というべきものだろうな。
「オレはかすみのことが好きだ。一度振られたくらいで、この気持ちは諦められないくらいには、な」
どれだけの時間が経っただろう。
あるいはそんなに経ってはいないのかもしれない。
キュッとかすみの手が彼女の頭を撫でるオレの手を握る。
「……手料理、美味しかった。甘えたいって言葉も、覚えていてくれたんだ」
「ああ」
温かい雰囲気を作ったのは紛れもなく”鴨肉のゲシュタルト煮込みシチュー”だ。
この後、オレとかすみがどうなったのか、それはきっと――。
大好きな君へ届け 冬城ひすい @tsukikage210
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