03

 自分の部屋で過ごし屋敷の中を自由に歩く機会を手に入れたけど、夜は相変わらずザファル様と共にいた。ザファル様に部屋に呼ばれたり、もしくは僕の部屋にザファル様が突然訪ねに来たり、そして夜は本を読んで眠る。最近は僕の勉強のために、僕が本を読むことが多くなった。それでもザファル様の声を聞いて眠りたいときはお願いすれば、喜んで本を読んでくれる。時々、ハキーム様がやって来て、遅いから早く寝ろと怒ることもあるけど、幸せな日々だった。


「シュエ、今いいか?」

「…はい、大丈夫です。ハキーム様。ザファル様と御一緒ではないのですね。」

 随分スラスラと人間の言葉を話せるようになったある日のこと。庭園で本を読んでいたら、ハキーム様が声をかけてくれた。彼はいつもザファル様と供にいるのに、今日は珍しく1人だった。


「ザファル様なら、当主様たちと歓談中だ。」

「それでしたら、安心ですね。」

 ハキーム様はザファル様と僕以外に話を聞かれる可能性のある場所では、きちんとザファル様と御呼びしている。その度に僕は不思議な気持ちになって、つい、にやけてしまう。そうするとハキーム様は僕の頬を軽くつねる。


「はきーむしゃま、いひゃいです。」

「そんな顔するからだ。そうだ、君にそろそろ身を守る術を身に付けてもらおうと思ってな。」

 僕の頬から手を離すとついてくるように言い、ハキーム様の部屋に連れていかれた。ハキーム様のお部屋にはきちんと片付いていて、とても綺麗だった。たくさんの本が並ぶ本棚を見て、流石ハキーム様と思ってしまう。キョロキョロと部屋を見ていると、ハキーム様は僕の落ち着かない様子を笑っていた。


「…さて、身を守る術だが、体術か魔法のどちらかが基本だろう。君の場合は体術では難しいから、魔法になってしまうんだが…。」

 確かに体術って痛そうだし、僕は生まれつき小さい方で、パワーもない。多分、今ここから逃げたとして、追いつかれてハキーム様に押さえつけられたら逃げられないかな。ハキーム様と僕は1歳差。ちなみにザファル様とハキーム様は同い年だけど。まぁ、まだ9歳だし、これから成長期が来るはず!


「…ところで君は宝石を作る以外の魔法は使えるか?」

「物を浮かすことはできます。あと、あの、地面に足をつけているより少し浮いている方が楽です…。」

 両親と暮らしていた時はふわふわと浮いていることのが多かった。母も浮いていたし、父は自由にしていいと言っていたから、意識しないでできる方で暮らしていた。ここでは周りの人たちみんな地面に足をつけているから真似しているけど。


「あ、それと、宝石を作るのも意識しても作れるんですが、感情の揺れによって勝手に作ってしまうことの方が多くて…。」

 コントロールもできなければ、使える魔法も少ないし、僕は自分の身を守ることが出来るのだろうか。少し不安になってしまう。ハキーム様は考えるように顎に手を当てている。もしかしたら僕にあきれて何も言えないのかもしれない。ドクドクと心臓がなっているのに、血が冷えていくような感覚がした。


「シュエはもしかしたら、魔力が多いのかもしれないな。魔力が多い者はコントロールが下手だと聞く。ザファルもそうだったしな。」

 特に気にした様子もなく、ハキーム様は棚から何かを探していた。今のうちに落ち着かないとまた宝石を作り出してしまうかもしれない。祈るように手を組んで落ち着けと思っていると、いつの間にかハキーム様が目の前にいて驚いてしまった。手の中に硬い感触が伝わる。ハキーム様の綺麗な顔が近くて驚いて、宝石を作り出してしまった。宝石をこっそりポケットにいれようと思うと、先にハキーム様が動いて、僕の手を掴んだ。


「あぁ、なんだ。確かにバレると厄介だから、作らないようにと言ってはいるが、別に作ってしまっても怒りはしない。君と出会ったときはザファルに怒ってばかりだったから、信じられないかもしれないが、俺は基本的にザファルにしか怒らない。」

 怒らないという言葉に安心した。けど、主様であるザファル様に怒るとは大丈夫なのだろうか。首をかしげるとハキーム様は僕の気持ちを汲み取ってくれたようで、答えてくれた。


「…ザファルを叱れるのは俺しかいないからな。さぁ、続けるぞ。」

 少し悲しそうに笑った後、ハキーム様は何もなかったかのように話をつづけた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

アンコールは白紙に 九十九まつり @tsukumo_matsuri

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

フォローしてこの作品の続きを読もう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ