Episode 1-13
次に足を運んだ先は、資料室。カードを使い、入室する。
内装は図書館よろしく、本棚には蔵書がずらりと並ぶ。さながら、本の墓場だ。
様々な資料を保管・管理しているようで、コンピューター機器も十数台ほどが部屋の奥に整列している。
部屋の片隅には、資料をまとめる若い女子団員らの姿が見られた。
入室した久芳達を一瞥するものの、すぐに興味をなくし、また資料をまとめる手を動かしていた。
あまり楽しい仕事ではないのか、業務のあいまに雑談に花を咲かせている。
「聞いた?例の実験個体、もう確保されたらしいよ」
「アンタ、その話いつだと思ってんのさ。もう半年以上も前でしょ」
「……あり、そうだっけ?忘れてた!なははは」
「もー、この子ったらドジっ子なんだから……。
こないだだってガブガブ薬飲んじゃうし。あれ体によくないんだよ」
「いやあ、乱用癖ついちゃったかな、こりゃ。いつも黙っててくれてありがと」
「はあ、まったく……いいから早く仕事終わらせて、何か食べにいこ」
「オッケー、……で、この資料ってなんだっけえ?」
「おばか!」
「終わったらさーこの前見かけたクレープ屋さん行こうよお」
久芳達のことは眼中にすらないようで、べらべらと大声で他愛もない話を繰り広げている。
団員服を着ていることを差し引きしても、闖入者を怪しむ気配すらないのは、流石に危機感が薄すぎるのではないか。
だがこれ幸いと、久芳と名月はパソコンに向かう。
名月はパソコンを立ち上げると、懐からUSBメモリーを取り出して差し込み、キーボードを叩く。
「何それ」
「お前が最近まで作ってたウイルス。情報抜くために急いで完成させたんだ」
「いつ?」
「お前が寝てる間……よし、この施設に関するデータ、丸ごといただきだ」
「なんで俺に言ってくんないわけ?」
「興味なさそうだったから」
会話の合間に、女性団員達は作業を終えたらしく、やいのやいのと言い合いながら去っていく。
資料室の扉が閉まった直後、ぱ、と画面いっぱいに電子化された資料の一覧がずらり、と並ぶ。
どれも普段は厳重に保管されたデータであることが見て取れる。
ふと久芳は閃いた。……こんなウイルスソフトを作って、自分たちはいったいどんな情報を抜こうとしていたんだろう?
一方で名月は、暴いた情報のデータを片っ端から自身が持参したノートPCに転送していく。
「ナツキくん」
「ンだよ、今忙しいんだけど」
「なんでそんなウイルス、俺達で作ってたワケ?」
「なんでって……そりゃ、西澤が言ったんじゃねえか。秘密とやらを外の世界に持ち出してほしい、ってさあ」
「ウン、でもそれって今日言われたことじゃん。
それ以前からコレ作ったわけでしょ、何のためにそんなもの用意する必要あったのかなって」
ぴたり、と名月の手が止まる。
答えに窮したわけではなく、気になるデータの項目を見つけたからだ。
久芳も画面に視線が吸い寄せられ、自然とそのタイトルを読み上げていた。
「
資料データを展開させる。
かいつまんでまとめると、天啓の腕団が信奉する神が、かつて座していたという「古の都」を復権させるための大掛かりな計画だ。
初動段階としては、「”覚醒”した”選ばれし子”」を贄に捧げ、更に10万単位の人間を惨殺し、約500平方キロメートルの面積の魔法陣に贄を並べ、野ざらしにする必要がある。この贄には「ゴーレム」を使用する、という記述が見られた。
この人間の贄と「選ばれし子」に、神と天のみ使いたちが降りて、古の都を復活させる、とあり、詳しくもグロテスク極まる、陰惨な手順が事こまやかに説明されている。
「なんだこれ……イカれてやがる。そんなもんのために10万人も殺すのか?
でも、どうやって?飲み水に毒でも仕込むとか?」
「さあな……、……あのさ、ナツキくん」
「なに」
「俺、この町に来るときに説明受けたんだけどさ。青海市って人口10万人くらいなんだってさ」
「へえ」
「ナツキくん、500平方キロメートルって想像つく?」
「さあ。東京ドーム何個分?」
「京都の京丹後市くらい」
「もっと分かんねえ。何が言いたい?」
久芳は黙り込む。
その下には「”覚醒”した”選ばれし子”」を選出するための、「悪魔の証明計画」なる実験記録とやらが記されている。
天啓の腕団を立ち上げた教祖の、後継者である一人息子が発案した計画であるようだ。
彼の悪魔が如き精神性と実行力、知能のバックアップデータをとり、10代後半~20代前半の男女らを被験者とし、「移植する」というもの。
それぞれの被験者たちの名前や身体的データ、移植結果をはじめとしたデータが記載されている。
結果としては、特定の相手に異常なまでの暴力性、執着心を抱いたり、かと思えば反社会的行動や倫理観の欠如とも取れる言動が顕著となる。
まさに「悪魔の如き所業」と「知性」と手に入れ、やがては集団単位の人間を殺戮する行動力すら手に入れる、とある。
データの最後にあるコメント部分には、「”俺”みたいなのが増えたらどうなるんだろうね?面白そう」という一言が残されている。
「教祖の息子、ねえ。ロクでもなさそうなヤツだなあ」
「実際ロクでもねえんじゃねえの。犯罪者増やして喜んでるような奴だし」
「それにしてもゴーレムってなんだろ。ナツキくん、データある?」
「おう……多分これだな」
PC内を検索にかけ、該当するデータを展開させる。
「出荷物ゴーレムについて」とある。
この「ゴーレム」とは、ユダヤ教に登場する被造生命体ゴーレムに由来する、同一の遺伝情報を所有した人工生命体──つまりはクローン生物だ。
ゴーレムの材料こそは聞き覚えのない、未知の鉱物らしいものから何かの化学物質まで。
それらを「神泥」と呼ばれる物質をベースに配合し、「落雷」と同等の衝撃エネルギーを与えて生成する。
紛れもなく「人間と同じ組成を持つ、人間に外見の似た生命体」である。
この「ゴーレム」は短命で欠陥の多いクローンと違い、強靭で健康的な肉体を有している。
またあくまで「外見が人間に似た生命体」であるために、臓器移植、骨移植、はては人体実験や愛玩目的の為に、売買の取引がなされているようである。
しかし、このゴーレムには致命的な弱点が存在する。
致命的に危機管理能力が欠如していること、コミュニケーション能力に難があること、天上パイプから散布した、多量の栄養分を含んだ水分を常に補給しないと、もって10~15年ほどしか生きられない点だ。
「……天上パイプ?」
文字を追いながら、二人の声が重なる。
名月の手がマウスを操作する。カーソルが僅かに震えながら、その単語を含むデータを探し出す。
──あった。「天上パイプの混入物と深海通路の閉鎖について」という報告書だ。
生唾を飲む音がした。
報告書を開き、字を目でなぞる。
数年前から定期的に報告されている、「深海通路」の欠陥に関する指摘が書かれてある。
青海市の詳しい図解と共に、早急に「深海通路」を一時的に封鎖し、修繕工事を行うことを申告する旨が書かれている。
図解によれば、町は巨大なドーム状の巨大な防壁に包まれており、何重もの巨大な管が町の天井……つまりは「空の天上パイプ」と接続し、雨雲を発生させる仕組みとなっているようだ。
雨雲には「天の恵み」と呼ばれる特殊な栄養分を散布する目的があると書かれている。
「深海通路」の欠陥部分から浸水しており、天上パイプのうち、雨雲を発生させる管に海水が混入していること、海水を含んだ栄養水を摂取したゴーレムに異常が生じる危険性についてを報告している。
天上パイプを常に稼働させるため、一時的に深海通路を封鎖し、つい半年ほど前に修繕が終了した旨でしめくくられていた。
「……深海」
ぽつりと、久芳の震える声が部屋に響いた。
「ここ、海の底なの?」
俺たちはきっと、長生きできない。 上衣ルイ @legyak0810
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