第5話 聖女と騎士
「きゃー、アンデッドよ」
「なんでこんなところに魔物が……」
突然のデスジェネラルの強襲に店内が騒がしくなる。それを追うでもなく、目の前のアンデッドは楽しそうに嗤っている。
「ふふふ、生者の悲鳴は心地いいな。貴様は逃げないのか?」
「ああ、俺は聖女の護衛だからな。それにしてもどうやって結界を……」
「結界? ふん、あの程度のものは雑魚共ならばともかく我クラスならば障壁にもならんよ」
まじかよ……結界は張った人間よりも強力な魔物の侵入は防げないと聞いたことがある。さーて、どうするか……たぶん、俺がこれまで出会った中で一番強い敵だぜ。
もちろん、俺一人で逃げるという選択肢はない。何とかバーバラを避難させないと……俺は懐にある短剣を握りしめる。
「レイン兄さん無事ですか!!」
「バーバラ、俺はいいから早く逃げろ」
「ふん、ようやく見つけたぞ、『トイレの聖女』よ。貴様の聖水はやっかいすぎるのでな、始末させてもらうことにしたのだ」
俺はバーバラとデスジェネラルの間に割り込むように動く。あいつのことは絶対守るのだ。
「不意打ちとは卑怯ですね。女性の扱い方を学んでいないのですか?」
「ふん、あいにくだがな。貴様相手に正々堂々と戦うつもりはない。それに……聖水はすぐには出せなるものではないのだろう?」
バーバラの言葉にニヤリとデスジェネラスが笑う。確かに俺も詳しく知らないがバーバラはいつもすぐには聖水をくれないのだ。事前に水分を取ってトイレで何らかの儀式をおこなう必要がある。これってかなりやばいんじゃ……
「お前……聖水の正体を知っているのか?」
「はん、護衛をやっているのにそんなことも知らんのか? 聖水の正体はそこの聖女の……にぎゃぁぁぁぁぁぁぁ」
「えい!!」
デスジェネラルが何かを言いかけている最中にバーバラが液体の入った瓶をなげつけると、中身がデスジェネラルにかかってしゅーーーーという音と共に煙が立ち込めてその体が崩れていく。
「貴様いつの間に聖水を……まさかさっきトイレで……」
「これは、おまけです」
「にぎゃぁぁぁぁぁ、まだ何もしていないのにぃぃぃぃぃ」
デスジェネラルが何かを言おうとしたが、追加の聖水の入った瓶をぶちまけられて、彼の体は全ての聖水を吸い尽くして、完全に塵と化した。
いや、聖水の正体知ってそうだったじゃん。無茶苦茶気になったんだが!! 結局聖水ってなんだったんだよぉぉぉぉ。
「さっき席を外したのは聖水を作るためだったんだな……結局聖水ってなんなんだ?」
「せっかくのデートだったのに……それどころじゃなくなってしまいましたね」
俺の質問を無視してバーバラは残念そうな顔をして、金魚鉢に入ったドリンクを眺める。この騒動ではもうパンケーキどころではないだろう。
正直俺より早く、アンデッドの存在に気づき準備をでいるバーバラに護衛は必要なのかという疑問が頭をよぎる。だけど、どこか悲しそうに、ドリンクを眺めている彼女を見るとそんな疑問は吹き飛んだ。
「さて……邪魔が入ったな。まだドリンクは残っているぞ」
「レイン兄さん……?」
俺は先ほどと同様に椅子に座ると、ドリンクに口をつける。そして、彼女に目で座れと示す。
「その……俺もバーバラと一緒にいたいからさ……これを飲めば御利益があるんだろ? それに……デートだったらまた行けばいいじゃないか。まあ、バーバラが嫌じゃなかったらだけど……」
「ありがとうございます!! 私レイン兄さんとまた一緒に行きたいです」
そういって笑顔でドリンクに口をつける彼女を見ると俺の中で今まで自覚していなかった感情が湧き出てくる。ああ、そうだ……俺がバーバラを守りたいのは聖女だからじゃない。
バーバラだからだ……今日のデートで彼女の気持ちと、デスジェネラルと対峙したときに自分の命よりも彼女を優先させようとしたことで俺は自分の気持ちに気づいてしまった。
「どうしました、レイン兄さん。顔が真っ赤ですよ」
「それはバーバラもだろ」
そうして、俺達は後処理をするために騎士たちがくるまで中身のないドリンクを飲むふりをして見つめ合っていたのだった。
「むー、また聖水ですか……久々にレイン兄さんと会えるから楽しみにしてお洒落もしたのに……結局聖水目当てなんですね」
「いやいや、おとといデートしたばかりじゃないか。それに今日は仕事なんだから仕方ないだろ……クッキーを持ってきたから許してくれ」
俺は唇を尖らせながら文句を言うバーバラに持ってきた紙袋を渡す。すると彼女は満面の笑みを浮かべて、受け取った。ふふふ、チョロいな。
「今、チョロいなって思いませんでした?」
「いや……思っていないが……」
聖女こわ!! 心の目でもあるのかよ。俺がおもっていることをあてられて冷や汗をかいていると、じとーとしためで見つめてきた。
「まあ、いいですよ。しばらくは一緒にいれるんですよね? 聖水はもう作ってあるので今日はイチャイチャできますよ♡」
「職権乱用って言葉知ってる? 一応俺は仕事中なんだが……」
「えへへ、聖女特権です。あ、最近良い茶葉をもらったんです。今淹れますね」
そういうと彼女は鼻歌を歌いながらお茶の準備をし始めた。どうやら以前デスジェネラルを倒した時にお湯を沸かす魔道具をもらったらしい。
俺はそんな彼女を見つめながらいい奥さんになりそうだなと思いながら聖水の入った瓶に手に取った。
「なあ、バーバラ……結局聖水って何なんだ?」
「それは秘密だっていっているじゃないですか。まさか飲んだりとかしてませんよね? もうキスできなくなっちゃうじゃないですか!!」
「そんなやばいものなのか……絶対変な使い方をするなって言ってバーバラにいわれているから大丈夫だよ。ああ、でも、同僚の中には剣にかけてアンデッドと戦っているやつもいるけど……」
「うわぁ……その剣をちゃんと洗うように言ってくださいね……」
俺の言葉にバーバラがちょっと引いた顔をしながら紅茶の入ったポットをテーブルに置くと、当たり前のように俺の膝にすわる。
「レイン兄さん……じゃなかった。レイン……食べさせてください。可愛い彼女のおねだりですよ」
「お前な……」
俺が文句を言う前に彼女は甘えるように言った。そう言われると俺としては何も言えなくなってしまう。そう、デスジェネラルとの戦い以降何度かデートを繰り返した俺達はついに恋人関係になったのだ。
「でもさ、俺達恋人なんだし聖水の正体くらいおしえてくれてもいいんじゃない?」
「絶対だめです!! 恥ずかしくて死んじゃいます」
「いや、聖水の正体がなんだかわからんが、恥ずかしい事ならいろいろしているだろ……」
「もう、レインの馬鹿!!」
そう言うと彼女は顔を真っ赤にして俺の膝の上で暴れる。もちろん本当に怒っているわけではない。じゃれあいのようなものだ。
俺はそんな彼女の事を愛おしく思いながらも疑問に思うのだ。結局聖水ってなんなんだろうな?
まあ、バーバラが可愛いからいっか。
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気分転換で書いた作品ですが、これで完結です。
面白いなって思ったら感想や星をいただけたら嬉しいです。
また、同じようなテンションの作品である『スキル『鑑定』に目覚めたので、いつも優しい巨乳な受付嬢を鑑定したら戦闘力99999の魔王な上にパットだった件について~気づかなかったことにしようとしてももう遅い……ですかね?』
がカクヨムで投稿及び電撃の新文芸様より書籍化しているのでこちらも読んでくださると嬉しいです。
『トイレの聖女』と言われた彼女に『聖水』を要求するとなぜかやたら顔を真っ赤にしながら渡してくるんだがなぜだろう? 高野 ケイ @zerosaki1011
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