第4話 デート

「変じゃないかなー……」



 俺は鏡の前で自分の姿を見つめる。パリッとしたちょっと上質なジャケットである。バーバラと一緒にご飯に行くことになったのだが、何か有名なカフェらしく、ここにいくと同僚に伝えたところ絶対お洒落をしていけと言われたのだ。

 相手は妹分のバーバラなのだが……ああ、でもバーバラもお洒落をしていくので楽しみにしていてくださいねって言っていたな。ご飯に行くだけなのにな。



「レイン兄さん……待たせてしまいましたか?」

「お、バーバラか? 大丈夫だ。今来たところ……」



 振り向いた先には見慣れない美少女がいた。この前は長い髪は結んでポニーテールにしており、白いレースのついたブラウスに、ひざまで覆われた緑色のスカートを履いている。

 白いブラウスにはその存在を主張するように可愛らしいリボンが縫い付けて有り、なんとも可愛らしい。

 何というべきか清楚な中にも確かな色気があり、その姿はまるで英雄譚に出てくるヒロインの様だ。まわりも同様なのだろうか? ざわざわと彼女を見て「可愛い」とか「美しい」とか声が聞こえてくる。



「どうしました? 変……じゃないですよね?」

「ああ、すごい似合っているよ。その……聖女みたいだな」

「? まあ、聖女ですし……」



 俺の言葉にきょとんとした顔をして首をかしげる姿も可愛らしい。落ち着けよ、俺……相手はバーバラだぞ!! 妹みたいな幼馴染だぞ。



「どうしました、具合が悪いんですか? もしかして……無茶をさせちゃいましたか?」

「いや、大丈夫だ!! 気にしないでくれ」

「そうですか、良かった……私今日をすっごく楽しみにしてたんです!! では行きましょうか、レイン兄さん!!」



 そう言うとバーバラは俺の腕を抱きしめるようにして寄りかかってきた。柔らかい感触と甘い香りが俺を刺激する。

 うおおおおおお、なにこれぇ? 確かに昔はこんなふうにじゃれついてきたが、今の彼女は昔とは違い色々大きいんだよぉぉぉ!! なのにこいつ本当に変わらないなって思って横を見るとバーバラを見るとなぜか顔を真っ赤にしている。



「どうしたんだ?」

「いえ……その……昔のノリでやってみましたが今だと恥ずかしいですね」



 そう言う風に言いながらも彼女は俺の腕を離さない。むしろ俺がどこかにいかないようにか強く抱き締めてくる。くっそ可愛いな、おい。

 どうしよう、団長……俺バーバラに惚れちまうよ……ただの護衛なのに……




 彼女に連れられて行ったのは、最近話題になっているらしいカフェである。ちなみに本来は今日は騎士としての仕事があるのだが、聖女様の護衛という事で免除してもらったのだ。そして、仕事だから今日の金は経費で落ちる。

 さすがになんか罪悪感があるんだが……俺は溜息をつきかけたが横で嬉しそうに鼻歌を歌っているバーバラを見てやめた。無茶苦茶楽しみにしてくれているみたいだし、せっかくだし、俺も楽しむとしよう。



「それにしてもカフェかぁ……バーバラもずいぶんとお洒落な所に行くようになったんだな。すっかり都会っ子になっちゃって……昔はこっそりおこずかいで買った。薄汚い屋台の味のしないスープで喜んでいたのに……」

「いつの話をしているんですか!! それを言ったらレイン兄さんだって大人な女性と美味しいものを食べていたじゃないですか……」



 やっべえ、団長と飯食ってた事を思い出したらしく無茶苦茶機嫌悪くなったんだけど!! 俺が焦っているとバーバラがクスリと笑う。



「そんな情けない顔をしないでください。私が勝手に嫉妬しているだけなんですから。それに……こんなお洒落な所普段は行きませんよ。レイン兄さんとだからいくんです」

「別に情けない顔はしてないだろ……それにしてもなんだかカップルばかりじゃないか?」



 カフェの前に行くとテラス席が見えるのだが見事にカップルばかりである。うお、なんか「あーん」とかしているんだが!! ちょっとうらやましい……いや、かなりうらやましい。リア充は死ね!!



「いらっしゃいませー、お二人ですか?」

「はい、予約をしていたバーバラです。テラス席でお願いしているんですが……」

「はい、カップルでご来店のバーバラ様ですね」

「え?」



 俺は店員さんの言葉に思わず耳を疑って、バーバラを見る。彼女はごまかすように明後日の方向を向いた。

 いやいや、俺達はカップルじゃないだろ。聖女とその護衛であり、幼馴染の兄妹のような関係だ。だけど、バーバラがわざわざそういう風に予約したのには何らかの意図があるのだろう。俺は彼女の嘘に乗る事にした。



「えーと、お二人は……」

「はい、カップルです!! カップルセットでお願いします!! ね、レイン兄さん!!」

「あ、ああ……俺達はラブラブバカップルです」



 俺の反応に訝し気な反応をしていた店員さんに咄嗟に笑顔で答える。その言葉と共にバーバラが俺の腕を掴む力が強くなり、より柔らかいものに押し付けられる。

 知ってます? おっぱいって柔らかいんですよ!? 俺は天国のような気分を味わいながら席につく。そして、俺は高ぶった心を安らげるために深呼吸をしてから口をひらく。



「それで……わざわざカップルで予約した理由は何なんだ?」

「今なんで深呼吸をしたんですか?」

「仕方ねえだろ!! 俺は聖人じゃねえんだよ。可愛い女の子に腕を組まれたら興奮して頭がおかしくなるの!!」

「可愛い女の子って私の事ですよね……えへへ、そっかーレイン兄さんちゃんと意識してくれているんだ。嬉しいなぁ」



 俺の言葉になぜかバーバラは無茶苦茶嬉しそうににやけて、ぶつぶつと言い始めた。大丈夫かな? そして、しばらくして落ち着くとメニューを俺にみえるように広げる。



「そのですね……これをどうしても食べてみたかったんです」



『カップル限定メニュー。大切なこの人と一緒に食べるとずーと永遠にいれると愛の神様からのお告げを元に作ったメニューです♡』


 なにこれ、胡散臭いんだけど!! うちの神様は浄化の神なんだが!? 愛の神様は他の宗教なんだが!?

 聖女と神殿の騎士が異教徒の神の加護を得たらまずくないかな?



「その……やっぱり嫌でしたか……?」

「いや、別に俺は構わないが……」



 不安そうにこちらの顔を覗き込んでくるバーバラーに俺を安心させるように微笑みながら答える。いや、俺は別にいいんだけどさ。バーバラはパンケーキを食べたいだけかもしれないが、愛の神の御利益が本物だったら俺とカップルになってしまうぞ。

 などと思ったがニコニコと笑っているバーバラを見るとそんな風にテンションを下げさせるような事はいえなくなってしまう。まあ、俺もたまには楽しむとするかね。



「それにしても最近アンデッドが活発だっていうのに、みんな平和そうだなぁ」

「ふふ、それはレイン兄さん達が頑張ってくれているからですよ。騎士の人たちが一生懸命働いてくれているから私達が平和に過ごせるんですよ」

「ありがとう。でも、それはバーバラの聖水のおかげでもあるだぜ」

「お洒落なカフェで聖水の話をしないでください!! 食欲がなくなるじゃないですか!!」

「え、今いい話の流れじゃなかった? なんで俺が怒られてんの?」



 むっちゃいい雰囲気だったのになぜか聖水の事を言ったらバーバラが不機嫌そうに頬を膨らませた。あれか、今は仕事を忘れたいって言う事だろうか?

 そんなことを話しているうちにドリンクが運ばれてくる。いや、これおかしくない? なんかでかい金魚鉢みたいなのにレモネードらしき液体が入っているのだ。いや、それだけならいいんだが、ストローが二つ指してあって、間接キッスになってしまうんだが……?



「ああ、来ましたね、じゃあ、いただきましょうか」

「え? でも……」



 俺が間接キッスになってしまうんじゃとひよっているというのに、当たり前かのようにバーバラはストローに口をつける。

 ああ、なんだこいつにとって俺は兄妹みたいなものなのだろう。だから、きっとこんなのは当たり前で……と思っていたがふと彼女の異変に気付く。



「バーバラ、顔が赤いけど一体どうしたんだ。まさか風邪じゃ……」

「ち、違いますよ、それよりも、レイン兄さんも飲んでください。喉が渇いているでしょう?」



 俺の言葉に彼女は慌てたように顔を隠しながら、こちらに金魚鉢の様な容器を押しやった。その仕草は照れているようで……普段見ない彼女の表情に俺は思わずドキッとしてしまった。

 


「ああ、じゃあ、いただくな」



 俺は意を決してストローに口をつける。先ほどまで彼女がこのドリンクに口をつけていたと思うと少し意識してしまう。



「ご質問なのですが……レイン兄さんはその……団長さんのような大人な女性が好きなんでしょうか?」

「ぶっふあ」



 いきなりの質問に俺はレモンソーダを噴き出しそうになる。いやいや、こいつ何を言っているんだよぉぉぉ。



「いやいや、確かに団長は大人っぽいし美人だけど、別にそんなんじゃ……」

「ふーん、どうやらまんざらじゃなさそうですね……ちんたらしてたら負けちゃいそうです」



 俺の返事にバーバラは拗ねたように唇を尖らせた。そして、彼女は俺の手を握る。え? 一体どうしたんだ? 俺が疑問に思って訊ねる用とすると彼女は真剣な表情でまっすぐ俺を見つめていた。



「じゃあ……妹系の幼馴染聖女はレイン兄さんの恋愛対象に入りますか?」

「え? それって……」



 俺が質問の真意を聞き替えそうにすると彼女は潤んだ瞳でこちらを見ながら首を傾げた。その手は少し震えており、決して冗談ではないことがわかる。



「バーバラ……俺は……」

「すいません、ちょっと席を外しますね」



 そう言うとバーバラは入口の方を見て一瞬険しい顔をすると、立ち上がった。



「どうしたんだ? バーバラ……ああ、トイレか……」

「お花摘みって言ってください!! うう、いい雰囲気だったのに……でも、レイン兄さんを守らなきゃ……」



 俺の言葉に反論をしながらトイレへと向かうバーバラを見て俺はほっと息をつく。残念なような安心したような不思議な感じだ。

 あの時俺は何て言おうとしたのだろうか? もしも、バーバラが俺を好きだっていってきたら俺は……



「失礼」

「え? あんただれ? ここには人がいるんだが……」

「だから失礼といった!!」

「失礼って言えばいいもんじゃねえぞ。俺はここに座っていた女の子とカップルドリンクを飲んでるんだよ!! お前と飲めってか?」



 俺は突然バーバラの席に座ったローブで顔を隠した男に驚きながらも、席を立つように言うと男はしばらく無言で何かを考えてから言った。



「ふむ、それは我とカップルドリンクを飲みたいという事か? 積極的だな」

「んなわけねえだろぉぉぉ。なんでわけわからねえ胡散臭いフードの男とカップルジュースを飲まなきゃいけねえんだよ!! てか、お前誰だよ」

「我の名か……ここまで近づいても気づかないとはな。聖女の護衛という割には大したことないな」

「え?」



 そう言うとローブの男がフード取ると白骨化した頭部があらわになる。こいつアンデッドかよ。やべえ、今日は非常用の短剣しか持っていない。やれるか? てか、街には結界が張っているはずなのになんで……



「我はデスリッチ様が直属の部下デスジェネラルである!! ここに聖女がいると聞いて参上した!!」


 

 そう言って立ち上がった彼の手にはいつの間にか禍々しい骨で作られた剣が握られている。デスジェネラル……その名前は聞いたことがある。魔王の四天王の一人デスリッチ直属の配下であり、彼一人に手練れの聖騎士の部隊が全滅をさせられたと聞く。

 俺で勝てるのか……と一瞬弱気になったがここにはバーバラがいるのだ。俺がやらなくて誰がやるというのだ。俺は彼女を守るのだ。

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