6

 アウローラとマキアの様子を気にしながら、彼らは順に水浴びをして、馬たちを労う。

 

「よく従ってくれたな」


 ブラッシングはできないが、エーギルが汗を水で清めて拭ってやると気持ちよさそうにしていた。

 不思議と、感じていた疲労が軽減されて頭の中も更に冴えた気がする。ここに来るまでは煮え滾る溶岩のようだったことを思えば怖れを感じるほどだ。ノアやアルノルドの畏怖は正しいのだろう。

 誰もが、口を開こうとし噤む。状況の整理が追い付いていないのだろう。まず今すべきこと、方針を決めなければならないのはわかっていたが、アウローラのことも気にかかる。

 それに、謎はいくつかある。

 

「……ノア、どうした?」


 水浴びを終えたノアは空を見つめ、目線を彷徨わせている。

 もう追手がここに気付いたのかと、ヴェルナーもユリウスもすぐに戦闘態勢をとろうとすると、ノアは大丈夫とばかりに手でそのまま、と合図を送る。

 唇をすぼめ、音を出した。すると、くるくると回りながら一羽の鳥がノアの腕へ降りて止まった。

 

「ウルス、よくついてきてくれたね」


 ウルスは、ノアの鳥だ。鳥人族は鳥を使役することができた。獣人たちはそれぞれの獣に特化したコミュニケーションを取ることができるのだ。向き不向きはあるが、大抵の鳥人族は鳥を使役し、遠方とやりとりをすることができる。制限はあるが、非常に役立つ能力である。

 まさか聖域の中まで追って来れるとは思わなかったのだが、腕の重みに心の枷が一つ減った気がした。

 

「無事だったんだな」

「少々、煤けているみたいだけどね。ここへ入ってこられて良かった」

 

 ヴェルナーに応えながら優しく首から背中を撫でてやると、嬉しそうに目を細めている。小さく囀ると身を寄せた。甘えているしぐさだ。

 鳥人が契約し使役する鳥は眷属との橋渡しをしてくれる。そのおかげで遠方とやりとりができるのだが、頼もしい相棒である以上に、大切な家族でもある。

 ウルスは満足したのか今度は草を食む馬の鞍に乗り、そこで休憩することにしたらしい。その様子に小さく微笑むと、ヴェルナーへと向き直った。

 

「姫様は、どうなさるおつもりだろう」


 いくら聖域とはいえ、絶対に安全と言い切れるとは思えない。このままここで過ごすわけにもいかないのだ。どうにかして逃がさなければならない。

 

「姫さんは、さっき、ここに通路があると言っていた。のんびりするわけにもいかない。そろそろ、ちゃんと話してもらわなぇとな」


 今、マキアと入っている場所が言っていた聖壇せいだんのある小祠しょうしだろう。随分と話し込んでいる様子だが、このままのんびり待っているわけにもいかない。

 皆が同じ意見なのは交わった視線で理解できたので、エーギルが大木の幹にできた通路へ、二人を呼びに向かった。

 

 


 

「アウローラ様、お話はお済みですか」


 外からかけられた声に、マキアに出よう、と促して外へ出る。水浴びを命じられた男たちはとうに終え、いくらかすっきりとした面持ちで二人を待っていたようだった。馬たちはその横で嬉しそうに草を食んでいる。

 

「待たせたか」

「いえ、それほどでは……」

「お前たちにも見せたい。一緒に来てほしい」

「は」


 促されるまま中へ入ると、大木の中が外の見掛けよりも広い造りであることにすぐに気づいた。

 

「ここにも何かの術が?」

「中は、別の空間とつながっていると思ってください。大木の中というよりも、大木という通路を通らないと入れない場所、と言えばわかりやすいかと」

「なるほど。そういうことが可能なのか」

「なまじの精霊使いにはできません。恐らくここは、私たちの住む世界と、精霊の住む世界とのはざま、境界のようなところなのではないかと思います。こんなことは、精霊王の力を借りなければ不可能です」

「光の精霊王、ということか?」

「推測ですが、恐らくは。クナウストは光の精霊の加護がありますから、ここまでの術を考えてもそうだろうと思います」

「確かに、これは精霊使いの領分だな」


 精霊王はその名の通り、精霊たちを統べる王のことで、これには属性ごとに精霊王がいる。

 精霊の属性とは、火・水・風・地の4大属性と特異な光・闇があって、クナウスト国が加護を受けているのはこの光の精霊の加護である。

 精霊使いは属性との相性があり、加護を受けた属性以外の精霊の力を借りるにはそれ相応の代価を要するとされるが、アントの盟主は属性に縛られず、4大属性を自在に操るといわれている。マキアがウルーエルが貴重な存在だと言っていたのはこれも理由だ。彼女自身には地の属性があり、次いで風の適性を持っている。

 森へ入る際、時間を稼ぐために行った術は地と風の力を使い蜃気楼のような現象を生み、さらに音を聞こえにくくする精霊術である。とっさに出来るのは、二つの属性に適性のある彼女ならではだ。

 

「精霊王とは、我らとはかけ離れすぎていてどうも現実味がないな」

「これについては私たちが今考えてもどうしようもない。問題なのは、この空間からどこかへつながっているという通路だろう」

「そう、それだ。一体、どういうことなんだ?」


 ヴェルナーの問いにアウローラは無下に遮る。


「その件は後だ。先に、ユリウス、ヴェルナー、アルノルド、この石を泉へ運んでくれるか?」

「いいけど、これをどうする?」


 こんなことは慣れたもので、いちいち気にも留めないのはヴェルナーの良いところである。切り替えの早さは騎士にとっては優れた才能の一つとなる。ユリウスは石を手に取ると、驚きの声を上げた。


「姫、これは魔精石では」

「そう、この際だからついでにこの魔精石を清めてしまおうと思ってな。次はいつできるかわからない。まぁ、本来の手順から勝手に簡略化することになるが、やらないより良いだろう」

「えっ今するんですか!? だ、だって、秘密なのでは!?」


 手にしたものが魔精石と聞いておののいたアルノルドが、固まった身体から首だけを動かしてアウローラへすがるように尋ねた。

 

「ここまで来て今更だろう。儀式自体、そこまで秘密にする理由があるようにも思えない。秘匿したいのは、儀式の内容よりもこの場所と、儀式の意味だろうから」

「……よし、運ぶか。終わったら、きちんと説明してもらうからな」


 ヴェルナーの言葉にアウローラは黙って頷いた。


「ノアは馬の様子を見ていてくれ。エーギルは念のため周辺の警戒に当たっていてほしい。マキア、まずは私たちも身を清めよう」

「は、はい」

 

 身を清めるということは、衣服を脱ぐことだ。心の中で多少の抵抗感を覚えつつも、マキアはアウローラにし付いて外へと向かった。

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亡国の子 我妻 春秋 @wharuaki

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