燃えよ青春

サムライ・ビジョン

第1話 死体とアベック

 ある朝、彼女の家の軒先に火星人が死んでいた。彼女は慈愛に満ちた人で、僕は彼女に協力して火星人を生き返らせることにした。

「…とは言ったものの、どうやって生き返らせたらいいんだ?」

「そんなの簡単よ! …ヘイ臀部でんぶ、火星人を生き返らせる方法」


彼女はAIに丸投げしたようだ。

「えっとねぇ…火薬があれば生き返るらしいよ。火星人の口と鼻に火薬を入れて、それから酸素を注入…」


彼女は「火薬なら家にある」というので、僕は酸素缶を買いにいった。戻ってくると、彼女はすでに火薬をセットしていた。


「あとは酸素を注入か…」

火星人の口と鼻に酸素缶をあてがい、少しずつ酸素を入れていった。

「…もうすぐ酸素缶なくなるんだけど、酸素入れたあとはどうするの?」

「えっとね、火星人に火をつけなさいって書いてあるよ」


僕はさすがに躊躇した。体は酸素でパンパン、しかも少量とはいえ火薬も入っている。そんなものに火をつけたりしたら大惨事になるに違いない。


「何言ってるの! 火星人を助けるにはこの方法しかないのよ!」

しかし彼女に迷いなど微塵もなかった。

このように真剣な眼差しを向けられては、僕はもう何も言えないのだ。


「…分かったよ。を用意してるってことは…本気なんだろうし」

彼女は今、灯油の入ったポリタンクを両手で抱えている。


頭からつま先までまんべんなく灯油をかけた彼女は、古新聞を導火線のように細く長く繋げていった。

「なぁ。もし爆発したら、君の家にも被害が出るんじゃないか?」

僕は心配して声をかけたつもりだが、彼女から返ってきた答えは…


「火星人だから爆発なんてしないよ!」

という、なんとも不可思議なものであった。


「よし、それじゃ導火線に火をつけるよ!」

そう言うと彼女は古新聞にチャッカマンを近づけ…「引き金」を引いた。


火がついたのを確認した我々は一目散に家の陰に隠れた。火はみるみるうちに古新聞を蝕み、やがてあっという間に火星人を包んだ。

「なんだか香ばしい匂いがしてきたわね…今度おいしいケバブ屋さんに行きましょうよ」

…最初のほうで、僕は彼女を「慈愛に満ちた人」と表現したが、それはそろそろ撤回しようかと思っている。


「ねぇあれ…どうなってるの?」

僕も燃えさかる火星人を観察していたが、想像していた結末とは全く違う結末を迎えた。

火星人は生き返りもしなかったし、爆発することもなかった。

赤い皮膚が持ち味だった火星人は、今や灰色になってしまっている。

しかし、火星人はただ燃えて灰色になったわけではない。


横たわっていた火星人は燃えているうちに徐々に起き上がり、とうとう立ち上がった。

体長1メートルほどの火星人はやがて人型の姿を変えていき、最後には…




「…東京タワー?」

「電波塔って感じだね」

尖った先端に受け皿のようなものが斜めに生え、火星人は見事に電波塔になった。


「…生き返らなかったね」

彼女がそう言ったちょうどそのときのことであった。


[ピッポ…ピッポ…ピッポ…]

かつて火星人だった電波塔が発信音を鳴らし始めたのだ。


「もしかして仲間を呼んでるのかな?」

「ねぇ、僕が酸素缶を買いにいってる間に火薬をセットしたんだよね?」

「うん。私がやったよ」

「君が入れたのって…本当に火薬?」

「もちろんよ。焼きそばの加薬!」


彼女が使ったのは火薬ではなく加薬と聞いて、僕は面食らった。

いや、本来であれば「麺食らう」べきは彼女のはずである。加薬がなければ彼女の焼きそばは成立しない。


「…もしかして、火星人を救うために…自分の焼きそばを犠牲にしてまで…」

僕は泣きそうだった。


「当然よ!」

彼女は満面の笑みではつらつと答えた。


ケバブを連想する彼女を見て、「慈愛になど満ちていない」と少しでも思った僕がバカだった。彼女はやはり女神だ。マリアだ…!

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