独白

@medamayaki_5511

独白

そうですよ。ええ、私がやりました。

私がこの手で刺したんです。

今でもよく覚えてますよ。夏の真っ盛り。確かあの日は雲が全然なくて、前日に降った雨の残した水溜りに移るのは青ばかりでした。そこに飛び散る赤色はとても美しかった。赤と青のコントラスト。まるで一つの絵画のようでした。

小学校の頃、美術の時間に絵の具のついた筆を水につけると、色が広がっていくでしょう?あんな感じ。


とても暑い日でもありました。

私は外で何時間も過ごしていたものだから汗をびっしょりとかいていた。本当に暑い日。確か最高気温を記録した日だったように思います。

数秒前まで口の中で溶けていたバニラアイスの甘い味が、包丁を握った手に伝わる鈍くて重い感触と混ざり合って。暑い暑い。今でもあの感覚は忘れていません。

腹を刺したんです。急所じゃなくてね。別に心臓を刺しても良かったかもしれませんが、血が飛び散りすぎて自分につくのが嫌でした。それに腹を刺した方が長い時間死ぬまでにとれるでしょう。しばらく体を生かしておける。でも結局、ナイフから流れてきた赤黒くねっとりとした液体は、私の手に生暖かい温度とともに付着しました。どうにもまぁ、重くて暑くて、生暖かい。


蝉の声がしていました。

私はそこまで蝉に詳しくないので、何蝉だったのかはわかりませんが、あの街中でもよく聞くジーっという音が、耳鳴りがしそうなほど響いていました。うるさかった。けれどそれさえもとても情緒的でいい音のようにも感じました。彼の叫び声と、蝉の音と、私の激しい呼吸、そして重いドスっという音。まさに人間の重さの音。生々しいなんてとんでもない。それは始終美しかった。


首を絞めるなんてことはしたくありませんでした。

私、こんなんでも小説を読むのが好きなんです。意外ですよね。その中でもミステリを読むのが好きで。そこで読んだんですよ。首を絞めるのは時間がかかるし死体の顔が恐ろしい風貌になるって。そんなのは嫌でした。美しいままがよかった。毒類を選ばなかったのも同じ理由です。それに。

血を出したかったんです。人間としての生々しさを感じたかった。感じさせたかった。


彼は、私の同級生でした。

とても明るい彼は人望があり、いつもみんなの中心で笑っていました。それに、彼の良さは明るさだけではありませんでした。とても優しかったんです。困っている人がいれば手を差し伸べ寄り添い、共に悩み共に笑い、そして共に泣けるような人でした。その何よりも大きな証拠は、この私の存在です。彼が私に手を差し伸べたからこそ、私は一度死という存在から離れることができた。この私が生きていることが、彼のやさしさの象徴です。蔑まれ、避けられ、心を砕かれた私にとって、彼は唯一無二の友人であり、親友でした。


いじめの話なんてしていても暗くなるだけですし早く終わらせましょう。

簡潔にまとめるとこうです。小さな歪みがいつの間にか言葉になって現れた。言葉は行動に変わり、行動は大きなうねりを持って当然の慣習となった。その速さに、私は適応できなかった。それだけのことです。


死を強く意識し始めたのはその頃でした。

毎日死についてばかり考えていました。毎日を生きる糧は死について考えることでした。死について考えている自分を美化していたとも言っていいでしょう。それほどまでに私は死に取り憑かれていました。


そんな折、彼が現れたんです。

彼は転入生でしたが、持ち前の性格で担任から気に入られ、すぐにクラスに適応しました。私というクラスにとっての汚点を拭い去るかのような存在でした。日に日に、クラスメイトたちの私への興味や関心はなくなりました。


ある日の放課後でした。

私は荷物をまとめ、そそくさと家へと帰ろうとしていました。そこに、クラスメイトの一人が久々に暴言を投げかけました。私はいつも通りのその行為に特に何も感じず、教室を出ようとしました。その時。彼の大きな怒声が教室に響いたのです。


衝撃でした。


まるで夢が覚めたような心地でした。

一年生の最後の5ヶ月間、私は彼と共に過ごしました。彼の明るさに多く学び、多く助けられました。


私は今や、死ではなく彼に取り憑かれていました。


彼は、いつもこんなことを言っていました。

俺といれば大丈夫。と。

その言葉に私は酔っていました。心の底で、彼をまるで信仰の対象のように神格化されていきました。彼が私にとっての絶対であり、彼がいる限り私の命はあるのだと。私はそう信じて疑わなかった。


学校で私の見る2度目の桜が咲きました。

私は彼という希望を持って、4月の風に笑顔を浮かべるようになっていました。クラスこそ違っていましたが、それでも仲良くやろうと彼は笑いかけてくれました。私は彼がこれまでもこれからも私のことを大切にしてくれるという事実に、いや、自信と優越感に浸っていました。あの日が来るまでは。


6月のことでした。

雨が降っていました。梅雨の真っ只中で、ひどい湿気が校内を完全に満たし、息が詰まるような日でした。私はいつものように彼の教室へと向かい、彼の帰宅に付き添おうとしていました。いつも通り、彼は教室から姿を現し、私に手を振ってくれました。高揚感を感じながら、私は彼に言いました。一緒に帰ろう。


彼の答えはNOでした。


初めてのことでした。私は耳を疑いました。冷や汗が一気に体中から吹き出すのを感じて、私はもう一度聞きました。一緒に帰ろう。あーごめん今日無理なんだ、また明日な。変わりませんでした。彼の口は間違いなくその言葉を紡ぎ出しました。


体の温度がドンドンと下がっていくのを感じました。嫌われてしまった。終わってしまった。彼との友情にはもう限りが来た。期待するべきではなかった。ダメだった。もう終わりだ。終わりなのだ。自分はあの毎日の中にもう一度放り出されるのだ。一人で。



遠ざかっていく彼の背中を眺めながら浮かんだのは、死の存在でした。



私は入念に。入念に準備しました。彼の部活の時間は把握していました。夏休みを利用して遊ぶ予定だったんです。包丁を新しく用意しました。彼のためだと思えば、いや、あの日々を共に過ごした彼のためだと思えば、多少の出費は我慢できました。こうして、




夏が来ました。




そうです。ええそうですよ。

私が刺したんです。

私が、私を刺したんです。

この手で。


だってもう私は


彼にはいらないから。


せめて美しいままで、私の記憶をとどめておいて。







―彼の悲鳴は、やっぱり綺麗でした。

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