シスコン姉は今日も妹がかわいい。

由希

シスコン姉は今日も妹がかわいい。

 ワタシの妹は、世界一かわいい。

 すごくかわいい。メチャクチャかわいい。リアルに目に入れられるくらいかわいい。

 だから、ワタシは決めているのだ。

 ワタシが認めた相手しか――妹とはお付き合いさせないと!



「あのね、お姉ちゃんに会って欲しい人がいるの」


 ――と。そんな決意を固めるワタシに、ある日妹の比奈ひなはそう言った。

 ショックだった。そして思った。ついに、この日が来てしまったと。

 この子のただ一人の姉として、いつかは迎えなければいけないイベント。そう、それはまさしく――。


 ――彼氏の、紹介イベント。


 許さない。許すまじ。

 純情可憐、純真無垢。そんな比奈を、毒牙にかけるだなんて。

 それにしてもいつの間に。比奈の様子はいつも気にかけてたけど、全く変わった様子はなかったというのに。

 まあいいだろう。こんなにかわいい比奈と付き合えて思い上がっているであろう男を、ワタシがこの手で、地獄に叩き落としてやるのだ!


「……お姉ちゃん?」


 と、比奈の声にハッと正気に返る。ワタシは慌てて笑顔を作ると、取り繕う言葉を並べた。


「ゴ、ゴメンね。突然の事でビックリしちゃって」

「ううん、いいよ。それでね、今度の日曜日にうちに呼んでいいかな?」

「もちろん。比奈の友達だもの」


 顔は笑ってそう言うものの、心は怒りで煮えたぎっている。比奈に手を出す不埒な輩を、この家族の聖域に入れないといけないなんて。

 だがそんな事を正直に言えば、悲しむのは比奈だ。輩の本性を比奈に見せつけ、目を覚まさせるまではガマンしないと!


「良かった! フフッ、楽しみ!」


 そう天使の微笑みを浮かべる比奈を見ながら、ワタシは必ずこの子を守り抜こうと再度、固く決意した。



 そしてやって来た日曜日。

 彼氏を駅まで迎えに行った比奈が戻ってくるのを、座して待つワタシ。何分経ったか、比奈から連絡はないか、さっきから色んな事が気になって何度もスマホを見てしまう。

 大体何で、比奈が輩をわざわざ迎えに行かなきゃいけないのよ。そっちが勝手に来なさいよ。

 そうブチブチ思ってみても、比奈の帰りが早くなる訳ではなく。ああもう、全くもって落ち着かない――。


「ただいまー!」

「!!」


 来た。帰ってきた。ワタシはなるべく余裕のある素振りで、玄関へ向かう。


「おかえり、比……」

「お邪魔します、お姉さん」


 けれど玄関先で、ワタシは見事に固まった。

 原因は比奈の斜め後ろ。比奈より少しだけ背の高い、その人物は――。


「……女の子?」


 そう、それは比奈と同い年くらいの女の子だったのだ。歳より少し幼く見える比奈と比較すると、随分と大人びた印象の女の子だ。


真紀まきちゃん、この人がお姉ちゃんだよ!」

「はじめましてお姉さん。私、比奈の友人で、川端かわばた真紀といいます」

「は、はじめまして……」

「真紀ちゃん、お姉ちゃんと一緒に部屋行ってて! 私、お菓子と飲み物用意してくるから!」


 礼儀正しいあいさつをする女の子に、ワタシも釣られてあいさつを返す。そんなワタシ達を尻目に、比奈はバタバタとキッチンに駆けていってしまった。

 残されたのは、ワタシと女の子。どうしていいやら困惑するワタシに、女の子は言った。


「あの……すみません、上がっても大丈夫でしょうか……?」

「あっ! は、はい、どうぞ!」


 ワタシは反射的にうなずいて、女の子をワタシと比奈の部屋に通す事にしたのだった。



「……」

「……」


 真紀ちゃんと部屋で、何故か無言で向かい合う。

 いやホントにどうしよう。まさか女の子が来るとか思ってなかった。

 もしかして、比奈はただ単に自分の友達を紹介したかっただけなんだろうか。この子自身も、自分を比奈の友達だと言っていたし。

 いやいやいやもしかしたら、女同士で……と言うのも有り得るかもしれない。今時は、そういうのも増えているのだと聞いた。

 よし、考えても仕方無い。比奈が戻ってくるまでに、ここはハッキリさせなければ。


「真紀ちゃん……だったよね?」

「はい」

「その……比奈とは、本当にただの友達なの?」


 いきなり失礼かとは思ったけど、思い切って聞いてみる。すると真紀ちゃんは一瞬目を丸くして、それから、何故かうれしそうに微笑んだ。


「それって……私に興味持ってくれてるって事です?」

「え? ええまあ……そういう事になるのかな」

「安心して下さい。比奈とは本当にただの友達です。私はどっちかって言うと、お姉さんの方に興味があるし」

「は?」


 いやいきなり何を言い出すのだこの子は。比奈と違ってワタシとは今日、ほんのちょっと前に顔を合わせたばかりだと言うのに。


「比奈がよく、お姉さんの話をしてくれたんです」

「比奈が?」

「とっても素敵で、自慢のお姉さんだって。それで私、お姉さんとお会いしてみたいなって、比奈にお願いしたんです」


 まさか比奈がそんな事を……。うれしくて、思わず涙ぐんでしまう。

 ああ、やっぱりワタシの妹は世界一、いや宇宙一――。


「でも、無理を言って会わせてもらって良かった」

「え?」

「想像してたより、ずっとかわいい人。……私、好きになっちゃった」


 感慨にふけるワタシに、不意に真紀ちゃんが近付く。そして――。


 ――おもむろに、唇をワタシの唇に重ねた。


「っっっ!?!?」


 突然の事に、混乱するワタシ。どうすればいいかも解らずただ硬直するワタシから唇を離すと、真紀ちゃんは艶やかに笑った。


「私、一度狙った獲物は絶対に逃がしませんから。覚悟して下さいね?」

「出てっ、出て……出てけーーー!!」

「どうしたのお姉ちゃん!?」


 顔を熱くして叫ぶワタシに、驚いて飛び込んできた比奈。パニックになるワタシ達を見て、真紀ちゃん一人だけが微笑んでいた。


 ――どうやら、ただ妹さえ愛でていれば良かった毎日は、今日をもって終わりを告げたようである。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

シスコン姉は今日も妹がかわいい。 由希 @yukikairi

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ