第23話 「サーカス」前編:早瀬 志帆(10‐1)
要が発見した死体はほどなく御堂のものだということが確認され、ついに行方不明だった彼の死が確認された。それでもネットの一部では顔が燃やされていたことで「身代わり」説が面白半分にわき、相変わらずな憶測合戦に発展していた。
死体発見後、要はすぐにいろいろと独自に調査を始め、志帆もそれにとりあえずつき合う形となった。事件の発端となった工場跡地に行ったり、二番目の事件の舞台になった事務所跡の背後にある廃アパートの屋上にもひそかに登ったりした。まあ、志帆からすると収穫があったようなわけでもなく、ただ、工場跡地をもう一度同じように歩き、アパートの屋上では現場の部屋はドアまですっかりよく見えるのを確認したくらいだった。
防空壕跡で発見した御堂の死体は解剖の結果、死亡時期はおそらく最初の被害者がバラバラ死体で見つかったあたりまでさかのぼるということだった。御堂司は、ほとんど事件の始まりの時点で死んでいたことになる。警察は、真犯人が最初に御堂を殺し、その後御堂が事件を主導しつつ姿を消すよう見せかける目的だったのではないかという風にみているらしい。
腐敗が進んでいるため、死因の特定は芳しくないが、他の三人のように頚部を圧迫されたことによるもの――絞殺ではないか、という見方が強いようだ。そういう情報をまたわざわざ紙谷が与えてきたのだが、要はそうですかという感じで受け流し、どうしてかしばらく自宅に引きこもってしまっていた。
志帆としては、あんな風に何かを突き止めたような姿を目の当たりにした後で、しかもその後にある程度調査らしいことを行ったうえで何も言わないままというのは、正直かなり不審であるし、不満でもあった。LINEもおざなりな返事しか返してこないので、ついに志帆は要の家へ押しかけることにした。叔母さんへの挨拶もそこそこに、部屋に上がり込む。要は床に座り壁にもたれて本を読んでいた。
「ねえ、どうしたの。なんかわかったんでしょ?」
そう言ってみても、要は険しい顔をしたまま相変わらず黙り込んでページをめくる。
あれから、要は説明するのを嫌がっているのは明らかだった。だから、志帆は自分で考えることにした。改めて事件を振り返り、要の行動を思い返しつつしてひたすら考えた。
そしてその理由が、志帆にはようやくわかったような気がしたのだ。志帆は要の横にしゃがみ込むと、思い切ったように口を開いた。
「私も、一応考えてみたんだ、この事件」
志帆としても、とりあえず自分で考えた答えを要にぶつけたかった。
「まあ、私はさ、カナとも違って知り合いが巻き込まれたわけじゃないし、自分で首を突っ込んだようなものだけど――」
ちらと要が見て何か言いかけるのを遮るように、
「別に、それに対して自意識過剰に自分はどうこうって言いたいわけじゃないよ。基本傍観者なのは当たり前だし……ただ、だからかな、それでもこの事件はきちんと考えたいっていうのはあるんだ。そんなことして何になるのかって話かもしれない。でもさ、私は……何とか解決したい」
ほとんど一方的な、それこそ自己満足な言いぐさなのは否定はできない。ただ、そういうことを、誰かに聞いてほしかったのかもしれない。
要は本を閉じる。前髪の隙間か覗く目はどこか陰鬱な色を帯びていた。
「……そもそも真実なんて必要なんだろうか。結局みんなどうでもいいんだよ。自分だけに都合がいい真実を虚構だろうがその時面白くて他人と共有できればそれでいい。結局、死んだ人間は生きてる人間のえさに過ぎない」
「だからって何。死んだ人はどうなるわけ。カナだって矢津井君だって死にかけたじゃない。誰かとかどうでもいいでしょ、私たちには自分たちにとってとかじゃない、明らかにすべき、知るべき真実が必要なんじゃないの」
志帆は思わずそう言っていた。志帆が言うことではないのかもしれない。たが、嫌だったのだ。ここで何もしなかったら、あそこで正義を叫ぶ人たちと、本当の意味で同じになってしまう。それが嫌だった。だから考えた。そして、要の様子から、志帆は自分が得た解答が同じものなのではないかとある程度の確信を得ていた。
「私はさ、人間関係とかよく分かんないし、そばで見ている人間らしく、現場に残された手掛かりから考えていくことにした――」
志帆は考えたことを要に話していく。動機の部分やなぜ密室状況が作られたのか疑問も多いが、残された手掛かりや状況、その他得た情報から犯人は指摘できる。そしてここ数日、要の横で考えていたことがようやく形を成したのだ。志帆は推理し、犯人を指摘した。
「カナは全部わかってたんでしょ。なんでそれを紙谷さんに伝えようとしないの。言わなくてもいいのかもしれないけど、でも……そのままにしておくわけにはいかないでしょ」
志帆としても、ここまで来てしまった以上、そのままにしておけない。
本に目を落としたまま、聞いていた要は、やがて、意を決したように言った。
「志帆が推理したそれは大筋であっているよ。自分もそこまでは同じだ」
「そこまでって?」
「続きがあるんだよ。志帆のそれはまだ不十分というか半分だ。それ以降の、事件そのものへの思惑があるんだけど……なんでそれをしたのかがわからない。犯人とやらを指摘するのはともかく、そのわからない部分で自分が何かをさせられているような気がして気が進まない……というか正直まよってる」
要はしばらく目つぶり、うつむいていたが、やがて意を決するように顔を上げた。
「……かった。紙谷さんに推理を聞いてもらおう。志帆も、一緒に聞いてくれ」
喫茶「一圓銀貨」その奥まった場所は、ほとんど孤立したような場所で、暖色の照明は店内の中でも低めに落とされている。向かい合う二人掛けの革張りのソファの一方に要と志帆が座り、コーヒーと緑茶を並べ二人は待っていた。
紙谷は遅れてやってきた。
「遅いですよ」
要がぼそりと言う。しかし、紙谷は特に悪びれる風でもなく、
「悪かった。ただまあ、二人で待つのもそんなに退屈でもなかったんじゃないか?」
そういったものの、志帆と要の放つどんよりとした視線を受けると、
「冗談だよ。こっちだって早く君たちの話を聞きたかったしね。遅れたのはたまたま用事がかさんでたからだよ。それはともかく、この事件について犯人が分かったということだけど……」
「ええ、そうです」
要は呼吸を整えるようにしてから志帆に目配せすると、コーヒーを一口して、
「それじゃあ、始めますよ」
「いいよ。聞かせてもらおう」
要は、大きく息を吸い込む。そして、謎解きが始まった。
「まず、この事件で注目すべきもの、それは第二の事件です。この事件が一番特異なケースと言えます。ほかの事件が、殺害や死体遺棄などを深夜に行っているのに対し、この事件は白昼堂々と行われ、しかも僕たちを呼び出したうえで、何らかのトリックを使い、密室状況から犯人が消えるという事態が起こりました。密室状況からの犯人の消失――警察ではほとんど無視されてしまったこの状況こそが、一つの突破口になるんです」
そう、志帆もこの事件をとっかかりにして展開していった。そして何よりも決定的なのは手掛かりの多さだ。そしてその一つは志帆たちにしか気づかないものなのだ。それを要は指摘する。
「正直、これはあの場に居たから解けたたようなものなんですけどね。あの時の状況を何度も何度も思い出して気がついたんです。そのポイントは、ドアを僕と矢津井が破る前にあったんです」
「前、というと惣太がドアを開けようとして叩いた後、ガラスが割れる音がした、それが君らの証言だったね」紙谷は確認する。
「そうです。そこが問題だったんですよ。あの時、矢津井がドアノブをガチャガチャやったり叩いたりしているとガラスの割れる音がして、そのあと静かになったんです。いいですか、静かになった、つまり何も音がしなかったんです」
「それは要するに犯人が部屋にいなかったといいたいわけかい? それはどうだろうね。あそこはフローリングの床だったけど、慎重に歩けば音はしないようにできたろうし、ゴム底の靴とか履けばなおさらだ。それに、その時は動かないで君たちがドアに体当たりし始めてから動いたのかもしれないし、それだけじゃあなんともいえないだろう」
「いえ、そうじゃない、というかそうでもあるんですが……」
要は紙谷の言葉に少し言いよどむが、とりあえず軌道修正しつつ、
「ええと、半分先回りされた形になってしまいましたが、確かにあの時あの部屋に犯人はいなかった。それは確かなことだといえます」
紙谷はなかなか呑み込みが早い。要の言葉を半ば先回りして受けてくる。
「そうだとしてもやっぱり変じゃないのかな。じゃあ、そもそもどうやってガラスは割られたのか? 状況からしてクラブなのは間違いない。クラブには割ったときについたらしいガラス片が食い込んでもいた。クラブに細工をされた様子は特になかったけど、結局のところ何か機械的な仕掛けがあの部屋にあったといいたいのかい? 私としてはその可能性は薄いと思うけどね」
「ええ、手の込んだ機械的な仕掛けは特にないです。ただ、問題はそのクラブなんです。」
要が取り上げたものに、紙谷はほう、と面白くなってきたとでもいうような顔をする。要は続けて、
「いいですか、では犯人が窓の前でクラブを持って立っていたとしましょう。犯人は死体が突っ伏している机と窓の間に立ち、矢津井がドアをたたき始めたところで、ガラスを割る。その次、犯人はクラブをどうしたと思いますか?」
「それはまあ、投げ捨てるんじゃないかな。床にあったわけだし」
「しかし、ガラスが割れた後私たちはどう証言しましたか?」
「静かになったってさっき……あ」
要は静かにうなずく。
「そうなんです。床はフローリングだし、クラブだって木製で結構な重さがあります。放り投げれば必ず大きな音がする。でもしなかった。つまり、クラブはもともと床に置いてあったんです」
「なるほどねえ……ただ、果たしてそう言い切れるのかな。もしかすると何らかの理由で音を立てるのを嫌った犯人が、慎重に床に置いたのかもしれない」
紙谷の反論は志帆としては予想通りだった。要はもちろん、それを打ち落とすべく言葉を続ける。
「それはあり得ません。思い出してください。クラブが落ちていた場所はどこでしたか?」
「それは、確か机とトイレがあった部屋側の壁の間だったが」
「犯人は急いでいたはずです。窓や一番奥の部屋へのドアから遠ざかる場所に回り込んで慎重にクラブを置くというのは面倒極まりません」
「かもしれない。しかし、できないことはないし、それだけ音を立てるのを嫌ったのかもしれない」
「なら僕だったらクラブを机に置きますよ。机はタオルだってあったし、そうすれば音はしませんし、余計に動かなくたっていいですしね」
「……これは一本取られたな」紙谷は嬉しそうに言う。「いやはやなるほど、ということはクラブはもともと床に置いてあり、それを持っていたはずの犯人は存在しないというわけか。つまり、クラブに食い込んでいたガラスはダミーか」
「事前に別のガラスを割っていたんだと思いますね。恐らく、あの廃工場にあったプレハブ小屋の窓だと思いますが」
志帆は、聞きながらあの血の付いたガラスの横に空いていた穴を思い出す。
「なるほど、ではどうやってガラスを割った? 何か機械的な装置……だとやはり窓にぶつかって落ちるわけで、音を立てないわけにはいかないだろう」
要は頷きながら、
「それが、実に低質なトリックなんですよ。やり方は簡単、それこそ糸を引っ張るだけのやつなんです」
「糸を引っ張る? しかし、どこから引っ張る? 犯人は部屋にいなかったわけだし……もしかして犯人は廊下側にいたといいたいわけかい?」
「いいえ、犯人は部屋の外から、もっと言えば割れたガラスの向かいにあったアパートの屋上から糸を引っ張ったんです」
詳しく聞かせてくれ、と紙谷は先を促す。
「ガラスに注目するんです。ガラスは道化師の絵のような切込みが入れてあり、クラブを一撃することで道化師の簡単な顔らしきものが、割れ跡として現れることを想定したような仕掛けが施されていました。それはまあ、犯人の意図と反して、ただギザギザな穴が開くだけに終わりましたが……というか、そう思わせたかったんですね。重要なことはガラスに切り込みが入れてあったことです。おそらくガラス切りによるものであることが疑われますが、ガラス切りは本来そういうことに使うわけではないですよね」
ああ、そうだねと紙谷は頷き、
「つまり、ガラスには穴があけられていた。糸、もしくはテグスを通すために」
「そうです。テグス――ということにしておきましょう。そのテグスの先に輪を作り、窓のクレセントに引っ掛けてもう一方の先を窓に開けた小さな穴に通します。そして窓を閉め、外から引っぱることで窓のカギをかけたんですよ。穴が窓の上あたりにあったのも上に引き上げてクレッセントを動かしたからでしょうね」
実のところ、本当にたいしたことのないトリックなのだ。この密室トリックを聞いた矢津井が、さぞかし憤慨することは容易に想像できる。志帆も気がついたときはあまりにもしょうもなさ過ぎて拍子抜けした。
「なるほど。で、もう一本のテグスを用意し、ガラスの穴を通して部屋とアパートの屋上を結んだわけか」
要は先回りする紙谷の言葉を肯定し、細部を補足していく。
「そうです。アパートの屋上は窓からそんなに離れているわけじゃないかったですし、テグスの一方に小さなものを括り付けて投げれば届くでしょう。そして、手元のもう一方は外から部屋の中へと穴を通すわけです。その先にはクラブとは別の、ガラスを割るための硬いものに括り付けておくんです」
そして要は、整理しましょう、と事件を再構成していく。
「犯人は窓ガラスにおそらく事前に小さな穴をあけ、二本のテグスでさっきの仕掛けを施しておきます。ガラスに道化師の顔の切れ込みとかもですね。そして事件当日、被害者の首を切り、切り取った首を焼いた。御堂の携帯で僕に電話をかけたらドアの鍵を閉め、窓から外に出る。窓枠に乗りつつ穴から出た二本のテグスのうちクレッセントへつながる一本を引っ張り、鍵をかけた。そしてそのまま下へ飛び降りると、アパートの屋上に上がって僕たちを待った。細部は違ったり行動の前後はあるでしょうが、
要の言葉は自然と熱を帯びる。しかし長広舌に慣れていないので、しばし間を置き、コーヒーを口に含む。
「なるほど、屋上へ上がってテグスを引っ張り、その先につなげた硬い物でガラスを内側から割る。そうして、もともと空いていた小さな穴を隠したわけか」
「そうです。ガラスに切れ込みを入れたのは、違う物体によって割られる穴の違いを誤魔化すこと。道化師模様に切ったのは、切れ込みを入れたのはガラスに道化師の割れ跡を作ろうとしてそれが失敗した、と思わせるためだったんですね。正直、余計な小細工でした」
「しかし、それはいいとして、引っ張るタイミングが問題にはならないか? アパートの屋上から事務所に入る君たちをこっそり伺うことはできても、中の君たちは見えないぞ。扉をたたく音にせよ、アパートの屋上からだと聞こえづらいんじゃないか?」
「だから部屋側のドアノブに赤いテープが張ってあったんですよ。ノブのつまみと十字になるように貼られたあの赤いテープは、廊下側のノブを動かすことで動くわけです。アパートの屋上からは部屋の中まで見えたわけでしたから、動いたのを見計らってテグスを引き、ガラスを割ってすぐにそこを離れたわけです」
要はそれを確認しに行ったのだ。志帆もドアのほうまで見えるのをその時は何だかわからないままに確認していた。
紙谷はほとんど感心したように、要の推理を検討しているようだった。顎に手を当てながら、
「なるほどね。筋は通っている。とはいえまだ二、三わからないことがあるが。まずは実際に割るのに使った物、そして一番手前の部屋のトイレに残されていた一斗缶――そこに残されていた、首と同じように薬品で焼かれたロープは何なのか? ただの凶器にしては長いようだったが」
「それはおいおい明らかになりますよ。それに、どちらも重要ですから」
さて、次から第二ラウンドといったところか……。志帆も緊張しながら要の推理を待つ。紙谷はますます興味深い、というか楽しげな調子で、
「それは楽しみだ。今のところ、推理は見事だと思うよ。しかし、まだ犯人特定には及ばないね。密室状況からの消失というトリックを明かし、その結果犯人がその時屋上にいたということはわかった。しかし、それで証明できるのは、結局のところ君たち三人が除外される、というくらいじゃないかな」
少し、茶化したような感じの紙谷に、要は一瞥するだけで別段構うことなく推理を再開した。
「次に注目すべき点は第三の事件です。長谷川の死体は元塗装業者の廃屋で見つかり、こちらも首は切られていて、首は
「それは特に変だとは思えないが。首を切るのに使った道具類はともかく、ロープは首と一緒に回収したところで特に問題はないはずだ」
「そうですか? じゃあなんで第二の事件の時はロープは回収しなかったんでしょうか。それから首もそうですけど」
要は切り込んでいく。
「第二の事件でトリックが解けたとき、あのロープはとりあえずトリックなどとは何の関係もないことがわかりました。では、あのロープは何なのでしょうか? 可能性としては、まずは凶器として使った、あとは捜査をかく乱する目的があげられます。しかし、凶器としてはいささか長すぎるような気がしますし、捜査の
「それで、それは何を意味しているのかな? 第三の事件では回収され、しかし第二の事件では何のために残されたのか」
紙谷の
「なんのためにロープがあったか無かったか、犯人はロープを何に使ったか、ではないんです。大事なのは一方では回収され、一方では残されていたということなんです」
「それは、どういうことかな?」
「簡単に考えればいいんです。つまり、第二の事件でのロープは回収できなかった、と。そして、それは首もそうです。より詳しく言うと、トリックに使った物体以外は持ち出すことができなかったということ。首はまあ仕方ない面があるでしょう。警察が現場に向かっている中、持ち歩くのは危険ですから。しかし、ロープは持ち歩くことに関してリスクが特にあるとは思えません。少なくとも首よりは格段に低い。しかし、犯人はロープの回収をしなかった。その場で焼いてしまおうとしたわけです。しかも、その時わざわざ薬品まで用意して焼く必要なんかないじゃないですか。焼きたいなら、持ち出してからやる方が簡単です。しかし、犯人はどうあってもロープは持ち出せなかったんです」
「ではなぜ回収できなかったのか、それを説明してもらおうか」
紙谷の挑戦めいた言葉を受ける要。志帆はかたずを飲む。
「簡単に考えればいいんです。つまり、犯人は現場を離れられない人間だった」
紙谷はそれには少し苦笑するように、
「それはなかなか一気に飛躍したように感じるが」
要はひるむことなく続ける。
「僕が言いたいのはロープを持ち出せず、そして隠しておくこともできない状況」
「そんな状況がある、と?」
「あります――犯人が警察に囲まれていた場合です」
紙谷は、とっぴな推理に遭遇したとばかりに眉を上げると、
「それはまた……警察に囲まれているとしたら、犯人はすぐ捕まりそうだが」
「しかし、そんなことはなかった」
要は鋭く切り返すと、そのまま結論をぶつけた。
「つまり、犯人は事件を受けて集まってきた警察関係者たちの中にいた、ということです」
言葉の効果を確かめるように、紙谷を見やる要。紙谷は少し驚いたような顔をすると、
「ここへきて、一気に容疑者を絞ってきたね。しかも警察関係者か……しかし、そのロープのロジックは、犯人がアパートの屋上にいたことを証明したものに比べると、少し怪しい感じがするけど」
「そうですか? 屋上にいた犯人が警察関係者でないとすると、そこから逃げ出す必要がありますが、警察関係者なら、集まってくる仲間たちに混じってしまうことができるわけですし、そのほうが安全ではないでしょうか? だからこそ、あんな真昼間に事件を起こしても平気だった。ただし首は言うまでもなく、ロープなど、かさばるものをたくさん持つわけにはいかなかった――ということです。もちろん、まだ補強するものはありますよ」
聞こうじゃないか、と紙谷はうながす。要はそれにこたえるように、
「最後に発見された御堂の死体はあの鉄塔山に埋められていました。死体を隠し、最終的に彼がすべての犯人として行方不明になる――そういう筋書きであるとされましたが、そういう犯人の計画を推測することよりも大事なことは、あの山に彼が埋められていたという事実です」
「死体を隠すために埋めるというのは特に問題ないと思うが? それに一度捜査された場所という盲点でもある場所だ。悪くはない」
「確かに、それは悪くはありません。悪かったのは埋めた時期なんですよ」
時期? と紙谷は眉根を上げる。
「そう、時期なんです。御堂があの防空壕跡に埋められたのは、最初の死体が発見されるのと同時ぐらいだということが解剖結果から割り出されましたそうですね。あのバラバラ死体がまかれた時期にあの防空壕跡に埋められたということです」
「それに何か問題があるのかい?」
「いいですか、今回の事件が始まって第二の事件が終わった後ニュースで警察が山の捜索を完了したという情報が流れました。ということはですよ、その前に埋められたということはどういうことでしょうか? 犯人はニュース発表前に警察の捜索が終わるということを知っていた、ということではないでしょうか。紙谷さんは私たちを聴取した時に捜査は完了し、これから発表されると言ってましたね。だいたい、あの場所に埋める場合、犯人の心理的な問題として、もう捜査がないという確信がなければ埋めないと思うんです。いくらなんでもあそこは事件現場ですからね。犯人はあの場所があの時期の時点で捜索されないであろうことに確信があった」
「なるほど、わかった。犯人は捜査関係者の中にいる、としよう。しかしそこからまた絞り込むことはできるのかな?」
要は首を縦に振り、どこか芝居がかった声色で、
「ええ、やってみせますよ。いいですか、つぎに注目すべき点、それは被害者と犯人の接点です。というか、御堂司との接点といっていい。それはどんな場合でしょうか。例えばスイミングスクールやテニススクールといったスポーツクラブ、もしくは英会話に類する学習講座でしょうか。しかし、私には警察関係者の特徴としてより可能性が高いものが浮かびます。それは犯罪事件を介してである、ということ。被害者が過去に事件に巻き込まれたという場合です。そしてそのケースが確かにありました――御堂のケースです」
そこまで言って、要は志帆を一瞥し、それから紙谷を見据える。
「御堂はかつて僕とともに事件に巻き込まれました。そこで御堂と顔を合わせ、今回の事件にも参加している人物は二人いました。柿本警部、そして紙谷さん、あなたです」
「おお、二人に絞られたね」
紙谷は茶化す。あくまでも楽しそうだ。
「……そしてこの二人は、あの第二の事件にも現場に現れていました。ここで、犯人がトリックに使った物体が問題になります。それは犯人が回収したはずだし、犯人が逃げずに捜査陣にまじった時も持っていたはずです」
「しかし、何がある? そもそもなにも持てないんじゃないのかい? ロープだってもてないんだから」
「持っていたんですよ、犯人は。ロープほど隠したりするのに不審なものではなく、さらに言えば、クラブの代わりになるような硬さと大きさ――形状が似通った物を」
紙谷はただ、要の言葉を待っている。志帆は要の最後の言葉を待ちながら、あの瞬間現場の場面を思い出していた。
「二人のうち、一人だけ現場で水を飲んだんです。というか、水筒を持っていた――ですよね、紙谷さん?」
自分もまた到達したその名前を聞きながら、志帆はこぶしをぎゅっと握る。冷たい汗が中でにじむ。
犯人として紙谷まで到達できたものの、その動機や被害者との関係などは全然わからない。それに、要がまだ半分だといった意味も。とにかく紙谷を見据え、彼の反応を待つ。
紙谷は小さく拍手する真似をした。それも相変わらず楽しくてたまらない、というように。
「いや、なかなか素晴らしいじゃないか。本当にこんな、素人探偵による犯人指摘の謎解きが拝めるなんて、まるで探偵小説だ。本当に、期待以上だよ」
志帆はその妙な反応に戸惑う。いわく言いがたい表情の志帆に、紙谷は笑いかけながら宣った。
「そうだね、確かに私がこの事件の犯人だよ」
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