第5話 「暗号ゲーム」:早瀬志帆

 志帆が古びたカウベルの音とともに、喫茶店『一圓銀貨』のドアをくぐると、二人はもう先に来ていて、奥の席から矢津井が志帆に向かい、軽く手を挙げて合図した。

朝っぱらから、矢津井は巨大なかき氷を、要はなんだか面倒くさそうに餡蜜をつついている。志帆はそんな二人に半ば呆れながら煎茶を注文する。それに対し、どこかうんざりしたような顔の要。


 志帆の注文が来たのを見計らい、矢津井が幾分興奮した面持ちで口火を切った。

「なんか、すごいことになってきたな。一昨日に昨日と立て続けだぜ」

「まあね、三日続けて早朝にバラバラ死体が見つかるんだもん。大騒ぎにならない方がおかしいって感じだよね」

 さっそく茶を啜りつつ、志帆はいくぶん興奮気味に相槌を打つ。


 報道されている情報によると、両足は胴体と同じく早朝の午前四時くらいに、両手は午前五時ごろに発見されている。両足は新聞紙にくるまれた状態でテレビ局の門の脇に、そして両手は郵便局前のポストの投函口に剥き出しのまま、手を突っ込むように遺棄されていた。どれも同一の人間のものであり、それに関連することのように、例の工場跡での血痕、そして失踪中の男子高校生のことが合わせて報道されている。まだはっきりとしたことは明らかにされてはいなかったが、それらのつながりは、志帆たちにとって明白といってよかった。


「でも、今朝は特に何もなかったんだよね」


 今日もまた朝早く起きてニュースをチェックしていた志帆だったが、新しいニュース――つまり、最後に残った頭部が発見されたというニュースはなく、それは携帯の端末をチェックしている今もまだ入ってきていない。


「これまでのパターンだと、今日もまた市内の目立つところに捨てられていると当然思ってたからな」


 矢津井同様、志帆もまたそう考えて身構えていたものの、特に何もなくて拍子抜けしてしまったのだった。


「でも、これであの紙切れの文面に意味が出てきたわけだ」

 矢津井の言葉に頷きながら、「――で、それについて考えようってわけね」志帆は先回りするように言う。


 首がこれまでのようにして発見されなかったことで、もしかして、と志帆もすぐに思い至ったのだ。あの工場跡地で矢津井が見つけた紙片――それがいったい何を暗示しているのかということに。


「確か、首だけが見つからない――だったよね。あれって全文はどんな感じだったっけ?」


 志帆がそう言うと、矢津井は早速、携帯端末を取り出した。実際に拾った紙片は警察に渡していたが、その前に矢津井は当然のごとく撮って保存していた。


「どれだったか……あ、これだ、これ」

 矢津井は画面を志帆と要に示して見せた後、それを読み上げる。


「ええと……ピエロのジャグリング。バラバラ、バラバラ飛び散る死体。けれど首だけ見つからない。首はどこに? 首はピエロの中――か。そして今はまだ、首だけ見つかってない。まあ、まだそう決めるのは早すぎるのかもしれないが、三日続けて早朝、しかもいずれも見つけてくれと言わんばかりの場所に死体を放置しているわけだし、あの紙切れの内容が、このバラバラ殺人――というか、まだ見つかっていない首の行方に対して、何か関連があると見ていいだろうな」


「そうね、こうなってくると、これって一種の挑戦状みたいなものなのかも」

 志帆の言葉に矢津井はわが意を得たり、といわんばかりに頷き、

「そうそう、警察に対する挑戦だな。首を探してみろっていう、さ」

 言いながら勢いづいてきたように、矢津井はさらに続けて、

「絶対これ、ヒントだぜ。最後の首のありかを示す手掛かりってわけだ」

「確かにその可能性が高いとは思うんだけど、こんな文章だけでわかるのかな……ただの挑発ってことも考えられるけど」

 矢津井の端末の文面を見つつ、首をひねる志帆。


「だからそれを考えるために、こうして集まって知恵を絞ろうってわけだろ」

「まあ……そうだけど」


 とはいえ、犯人がバラバラにした死体の首を探してみろ、と警察に挑戦するなんていうのは……ちょっとなんだか、カビの生えた探偵小説じみた話ではある。


 そう考えつつも、志帆だって実のところはそんな〝探偵小説〟を真っ先に引き寄せたわけで、矢津井はもちろん、要もきっと、その探偵小説的な物語を現実に感じているのだ。


「いいか、ここでちょっとバラバラ死体についての講義だ」

 何を言い出すのかと志帆は少々戸惑うが、矢津井はそのまま勝手に話を続けていく。


「死体をバラバラにする理由は大きく分けると大体、物理的な理由と心理的な理由にわけられる。まず、物理的な理由っていうのは、バラバラにすることで持ち運びしやすくするっていう、なんていうか実際的な理由だな」


「じゃあ、心理的な理由っていうのは?」

 矢津井の唐突な講釈にとまどいつつも、ついついこういう話題には釣り込まれてしまう志帆。


「怨恨、もしくは恐怖が理由になった解体ってとこかな。被害者に対する強い恨みから死体を損壊したり、または自分が殺した被害者が甦ってくるんじゃないのかというような恐怖から、安心するために――というようなケース。その辺は聞いたことくらいはあるだろう」


「まあ……単なる快楽ってこともあるだろうけど、この事件にはどっちが当てはまるの? なんだか、どっちも違うような気がするんだけど」

 志帆の指摘に、矢津井はあっさりとそうだな、と頷く。


「というより、どちらにも当てはまりそうでイマイチ当てはまらない感じだな。まずは実際的な理由――つまり、死体をバラバラにしたのは運搬しやすくするため、と考えると、これは一応のところ当てはまると言えば当てはまる。実際に運搬されてはいるんだからな。ところが、運搬しやすくするというのは、最終的には死体を目につかないところに捨てる、ようは隠すことにつながっているわけで、今回のケースだとそれにそぐわない。明らかに見つけてくださいと言わんばかりの場所に捨ててるわけだしな。

 じゃあ、今度は心理的な理由はどうか。バラバラにした死体のパーツを晒し者にすることで、強い怨恨を晴らしている、もしくは早瀬が言ったようにただバラバラにすることに快楽を見出しているのか……しかし、ただ感情のままに動いているような感じもしない。あの紙切れだったり、死体を一日おきに遺棄していたり、計画的なにおいがプンプンだ。もっと言えばゲーム的な感じ。だからこそ、俺にしてみれば、犯人が首を見つけてみろという挑戦をしてるってことに信憑性を感じる」


 そう締めくくって、矢津井は長々とした話を終える。とりあえず犯人の挑戦、ということについて、彼なりに根拠を組み立てたということなのだろう。そのへんは割と律儀、といえるのかもしれない。探偵小説好きならではのメンドクサさ、ともいえるのかもしれないが。


「まあ、矢津井君のいうことは、それなりに頷けるけど、それでもあくまで可能性の域は出ないと思うけどね」


「分かってるって。首が今朝、発見されていないのは犯人側に何らかのアクシデントが起きたせいなのかもしれないし、そうじゃなくても、ただ単に犯人が変質者で、殺人の記念にとっておいて、毎晩冷蔵庫のふたを開けては悦に入るつもりなのかもしれないし」


「切り刻んだ死体をばら撒いている時点で十分変質者だろうけど……」


 抑揚のない声で横から突っ込む要。さっきから餡蜜に目を落としたまま、中身をスプーンでぐるぐるかき回している。いつも以上のしかめっ面で、何を考えているのか、あるいは何も考えていなのか。


「――とにかく、可能性の話をあれこれ言っててもしょうがないだろ」矢津井はじれたように議論を打ち切る。

「俺たちは警察じゃないんだし、いちいち可能性を全部検討する必要も無いだろう。面白そうな可能性が出てきたってんだから、そこをこねくり回してやろうってまでだ」


 なんともあけすけすぎる言い方だが、まあ、結局のところはそういうことなのだろう。志帆も、それにわざわざ異論を唱えようとするつもりはない。あの紙切れを首のありかを示す暗号とみてもいいだろうとは思う。


「でもさ、この文章見てなんか思いつく?」

 志帆に言われ、矢津井はそうだな……と腕を組む。

「ようするに、最後の部分が肝になってるんだよな。首はどこだ? ときて、それを受けているんだから」

「首はピエロの中――ね。まあ、あの文章のヒントらしいヒントって、煎じ詰めればこれだけでしょ」

「文章からはな。それから一応、ヒントらしきものがもう一つあっただろ」

 ああ、あれね、と志帆も頷いて、

「テレビ局に捨てられていた両足を包んでいたユニオンジャック」

「そう、イギリス国旗で包まれて、それから新聞紙でまた包んでいたってニュースで言ってただろう」

「あれ、なんだかよく分からなかったけど、こうなってみるとなんだかヒントっぽい感じだよね」


 犯人が残した一見、意図不明の遺留品。ただ、その特異性ゆえにわざわざ残していっただろうことだけは分かる。


「とはいっても、これ合わせてもヒントらしいものって二つしかないじゃない。首の場所を特定するにしても、材料が少なすぎない?」

 志帆としては、少々心もとない感じがしてしまう。


「ヒントの多い少ないは問題じゃないだろ。とりあえずヒントは提示されている。ようはそれをもとにどう解くのか、ということだ。大切なのは推理だ」

「まあ……。じゃあさ、矢津井君としては、どう推理してみせるの?」

 少し挑発気味に志帆は聞いてみる。


「うーん、そうだな……俺はさっきのヒントに加えて、死体が捨ててあった場所にも何か意味があると思っているんだが……」

「場所ね……。確かに何となく意味があって選んでいるような気はするけど」

「何らかのゲームと考えると場所を選んでいると考えてもおかしくはないし、それを推理の手掛かりとしてもいいと思う」

「――で、具体的には?」


 とはいえ、矢津井はそれに対して特に答えを用意していたわけではないらしく、うーん、と唸りながら、

「そうだな……まず、考えられることは、場所の漢字の組み合わせとか」

「漢字? エレベーターは?」

「そりゃ昇降機だ」

「ああ……そうか。それで、それから何か分かる?」

「とりあえず、漢字を書き出していくか」


 矢津井はわざわざ持ってきていたのか、どこからともなくボールペンを取出し、紙ナプキンを一枚とってそこへ昇降機、放送局、郵便局、と並べていく。


「そういえば、どれも漢字三文字だな。……もしかして、そこにも意味があるのか……発見順に並べて頭の字を拾っていくとか……」


 そう言って考え込むように顎の先をつまむが、その後が続かない。志帆の方を窺うように見やると、アッサリ、

「早瀬、なんかない?」


「……あのねえ、考えが生煮えのままこっちに放らないでよ」

 呆れつつも志帆は一応、考えつつ、

「うーん、なんというか、難しく考えすぎなんじゃないの。もっと単純にひらがなに直して頭文字を拾っていくとか」


 志帆の意見に矢津井は明らかにえー、とつまらなそうに、

「単純すぎるだろ。それに、し、ほ、ゆ、じゃあ、どうにもならんと思うが」


「じゃあ、語尾の方も拾うとか。それだと、し、き、ほ、く、ゆ、く……なんか文書っぽくなったし、これを組み替えてみればどうかな……」


 しかし、そんな思いつきを進めたところで、何か出てくることは無く、そもそもこんなことで分かるのだろうか、という思いが強まる。


 場所自体が何らかの手がかりであるとする矢津井の提案自体は、確かにそれらしく思えたものの、その何らかの手がかりである、という前提自体は実のところあやふやなものだ。ゆえに、それから手がかりを探りだそうとしても、手前勝手な解釈の堂々巡りに陥る可能性が高いように思えてくる。


 志帆はさっきから黙ったままの要を、何か意見は無いのか、というふうに見やるが、要は相変わらずの険しい顔で、求肥を凝視している。志帆は考え事をしているらしいポーズを取り続ける要については放っておくことにして、


「うーん、やっぱり、というか、そもそも犯人から示されたヒントから考えて行った方がいいんじゃない?」


「紙きれの言葉とイギリス国旗からか……やっぱり、そうするしかないかな」

 矢津井も結局はそちらの方へと検討する方向を変える。

「イギリスの国旗ってのが、気になるんだよなぁ……イギリス……英語ってとこか? 単純だが」


「英語ねぇ……。今度は死体の置いてあった場所を英語にしてみるわけ?」

 志帆は、少し意地悪く言ってみる。矢津井は、まあ、でもしょうがないだろ、というふうに、

「とりあえず、やってみるだけはやってしまおうや」


 先ほどと同じように紙ナプキンに英単語を書き出していこうとする矢津井を見ながら、志帆はふと思いついたことを口にする。


「でも、二番目に遺棄されていた両足だけにそれが巻かれていたっていうの、何か引っかかるんだけどね……。英語に直せっていうなら、初めの方で示すか、全部にイギリス国旗を巻いて示した方がいいんじゃないの?」


「まあ……そう考えれば、二番目の足だけっていうのはなんだか妙な気はするな……」

 矢津井もまた、ペンを止め、首をひねる。

「じゃあなんだ、放送局だけ英語に直すのか?」


「あ、もしかして――」


 急に志帆の横で声が上がる。何事かと思えば、要が餡蜜の求肥から視線を上げ、今度は宙を睨んでいた。しかし、何故かスプーンを持った手は、かき回す動きを続けている。要はさらに熱っぽい声で、


「そうか、捨てられていた死体の両手、両足にも意味があるのか……」


「なんだ、なんだ、何か分かったのかよ」


 要の様子に矢津井もあてられたのか、興奮気味に体を乗り出す。目を輝かせ、期待に満ちた様子が少々子供っぽい。しかし、要はすぐに答えようとはせず、下唇を噛み、しばし考えに沈むような間。そして携帯端末で何かを検索した後で、どこか納得したように頷くと、ようやく志帆や矢津井の方を見る。


「あれでイギリスの民間放送局に見立ててるつもりなんだよ。調べるとイギリスで一番古くて大きな民間放送局ってことみたいだけど。まあ、一応あの放送局はうちの県で一番古い民間放送局だけどね……」


 苦笑を浮かべながら、いきなりそんなことを言われても、よく分からない。志帆も矢津井もポカンとしたまま要を見るばかり。矢津井が怪訝そうに、

「で、なんなんだよ。イギリスの民間放送局に見立ててるってどういうことだよ」


「そのまんまだよ。うちの町のあの放送局をイギリスの民間放送局ITV――independent televisionということにしてるんだよ。まあ、これはおそらくというか、そう仮定してって話にはなるけど」


「つまり、どういうことなんだ」半ばイライラし始めた感じの矢津井。


「つまり、首の場所がわかったということ」


 要の言葉に、志帆と矢津井はまたもポカンとする。そんな二人の表情に、要は自らの、少しやりすぎな名探偵的ふるまいに気づいたのか、自己嫌悪のようなものを顔に浮かべて、

「一応、僕なりの解釈が出たってだけだよ。結局のところは、推論の積み重ねでしかないし、とりあえず、眉にツバつけて聞いてくれたらいい」


 要はそう慎重に前置きをすると、表情を消して説明を始めた。


「とりあえず結論から言うと、場所を全部英語にするんだけど、放送局はただ単に英語にするんじゃなくて、イギリスの民間放送局――さっき言ったindependent televisioにする。そうやってそれぞれを書いていくと……」


 要は矢津井に手でボールペンを催促し、紙ナプキンに英単語を書き出していく。


 死体が発見された順に、elevator,independenttelevision,postoffice,と英単語が並べられた。


「こうやって考えていくと、気づいたことがあった。捨てられていた死体の部分の数とその場所の英単語とに符合する要素があるってこと――」


「それって、さっき言ってた死体の両手両足がどうとかって話だよな。結局それ、どういう意味なんだよ」

 矢津井が先ほどの要の言葉を持ち出す。要はそうそう、と頷きながら、

「大事なのは数だ。放送局と郵便局には、それぞれ両足と両手がそろって二つずつ置かれていた。そして、英単語をよく見ると、これも二つに分けられることに気がつく」

 そこで志帆は、ああそういうこと、と気がつく。


「分けられる? どういうことだ……って、あ、なるほど」

 矢津井もまた気がついたようで、分かった、分かった、と頷きながら、

「ようするに郵便局で言うなら、postofficeがpostとofficeの二単語に分けられるってことだな」


「そう、民間放送局のindependenttelevisionも同じようにして二単語に分割できる……」


 要は言いながら、post/offic,independent/television、と単語を区切っていった。


「それから、エレベーターを含め、それぞれの単語の頭文字を拾っていく」

 要は言いながら、計五単語の頭文字に丸を付けていく。そして、E、I、T、P、Oの五文字が首をはねるようにして抽出された。


「なるほどね。ようはアルファベット一文字が置かれていた死体の一部に対応するってわけね」志帆は感心しつつ、「でも、面白い感じでここまで来たけれど、ここからどうするの?」


 このたった五文字のアルファベットから、はたして首の場所が分かるのか。期待といくばくかの懐疑とともに先を促す。


「ここで、あの紙切れの最後の文言――首はピエロの中――という手掛かりの出番だ。ピエロの中っていうのはさ、まんまその通りのことなんだよ」


 要の言う意味がつかめず、志帆は矢津井とともに、それがなんなのだという顔をするしかない。


「単純に考える、文字の中、といってもいい。つまり、ピエロもまたアルファベットに直すんだ。ただしこの場合、英語のclownではない」


なんで? とそろって口にする志帆と矢津井。


「紙片の最初の書き出しの言葉は道化師なのに、首はピエロの中、とわざわざピエロと書かれているから。ピエロはフランス語由来の方、pierrotではないか――」


「あ……」


 先ほどの英単語の横に書き出された単語を見て、志帆と矢津井の口から間の抜けた声が漏れる。要はさらに解説を続けて、


「見ればわかると思うけど、pierrot――このうちP、I、E、O、Tが先ほど取り出して見せたアルファベット五文字と対応する。さっき志帆が言ったように異なるアルファベットにつき死体の一部が振られている。残りはrが二つだが、要するにどちらも同じなのでRに対応しているのが首なんだと思う。これが首はピエロの中――ってわけ」


「首にRが対応しているのは分かるけど、一応文字としてはrが二つ残ってるけど、それはどうするの?」志帆の問いに、

「ルールからすると、恐らく二つとも使うんだと思う。郵便局や民間放送局といったのと同じようにrから始まる二単語を複合させたもの――おそらく……」


「ちょっと待て、最後ぐらいは考えさせてくれ」

 矢津井が手を広げて要を押し留めると、赤っぽい髪をかき回して、

「rから始まる二つの単語……それをくっつけて一つの――おそらく場所を示す単語というと……」


「rail road――鉄道線路……かな」

 ぽつりと志帆がもらし、要がまあ、と頷く。


「ああっ、先に言うなよ⁉」


 じとっとした矢津井の恨みがましい視線を、とりあえず無視する志帆。


「いや待て、とはいえ、それはちょっと変じゃないか? 結論としてはそうなるかもしれないが、線路に捨てたら発見されないわけがないだろ」


 矢津井の指摘は、考えてみれば確かにそのとおりではある。志帆は急にはしごを外された感じがしたが、そこへ矢津井のあっ、という素っ頓狂な声が意識をさらう。


「いやいや、線路といっても、電車が通らない――もっと言えば通らなくなった線路なら、ひとけが無いだろうし、そこに置かれていれば、発見されないことだって――」


「あ、廃線とかかな」

 志帆がまたも先んじてつぶやく。


「早瀬、おまえ――」

再度、非難がましい目を向けられるが、志帆は横を向いて素知らぬ顔をする。


「……とにかくそういうことだな。確かあっただろ、だいぶ昔にトンネルができて使われなくなった山を迂回するようなふっるい線路跡がさ。だよな、空木」

「まあ、一応は。そういう風に僕は推理したんだけど、結局は推論、というか憶測の積み重ねでしかないんだけどね……」


 あくまで慎重に言葉を濁す要だったが、矢津井はそんなことどうでもいいと言わんばかりに、

「じゃあ、とりあえずは確認しに行こうじゃん。推論、憶測、仮定、結構じゃねえか。それが事実かは、観測することによって判明する――ようは、見に行けばわかるってことだろ」


 あ、このパターン、デジャブだ……。志帆はすでにどこか諦めたようにして溜息をつき、要も口をへの字にしたまま固まっている。


 そんな二人の様子に気づいているのかいないのか、矢津井は意気揚々と出発を宣言し、席を立つのだった。そして、残りの二人もなんだかんだ言いつつ、結局はのろのろと立ち上がるのも、いつかの再現だった。

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