第6話 「首と挑戦状」:早瀬志帆(2)
やはりというか、いつも通り、外は熱かった。相変わらずの遠慮も自重もない光の圧力。
そんな熱気の吹き溜まりみたいな地上に比べると、真っ青で広々とした空は、うらやましいくらいに清々しい。そこへ大胆に塗りつけられた入道雲の白は、夏そのもののようだった。
矢津井は相変わらず暑い、暑い、と元気が有り余っている調子でさわぎ、志帆はそんな矢津井を見ながら、火でもつけばいいのに、とぼんやり思い始めていた。横目でとなりの要を見ると、なんだか瀕死の爬虫類みたいな様子をしていた。
午前十一時を過ぎ、いよいよ暑くなり始めていく中、何をしに行くのかと思えば、スティーブン・キングの小説よろしく死体(の一部)探しだというのだから、我ながらご苦労なことである。ただ、志帆自身、そんな内心も結局のところポーズであることは薄々感づいてはいる。
結局は矢津井と同じように、この非日常的な状況への強烈な興味――そして、なんだかんだで探偵小説的な現象が出現する瞬間を期待しているのだ。前回の件を経て、それはより大きなものになっている。そう考えると、ストレートに興味を示している矢津井の方が、まだ純粋なのかもしれない。
「ねぇ……」
そんな自身の内面から目を背けるようにして、志帆は要に声をかける。
「カナはさ……この事件について、どう思ってる? あの、御堂君だっけ――が巻き込まれたと思う?」
今現在、発見された死体の身元が、彼ではないらしいということが、例の矢津井の知り合い――紙谷からの情報でもたらされてはいたが、御堂司自身は行方不明のままだ。
要は、しばらく地面を――そこに落ちる自分の影を睨んでいるようだったが、そこから顔を上げ、
「うーん、正直なところ、あまり実感がわかないというか……なんだろう、あいつはどっちかというと、巻き込まれるというよりは、巻き込む側だと思うんだけど……」
会ったこともない御堂司という少年は、はたしてどういう人物だったのか。要や矢津井の話からすると、ちょっとヘンな人、ということぐらいしか志帆には分からない。ただ、矢津井はだいぶ突き放したような感じだが、要にはどこか複雑なものがあるように思える。どこかなつかしむような感じといっていいだろうか。単純な親しみ、といっていいのかは分からないが。
「御堂君と仲良かったわけ?」志帆は訊いてみる。
「仲が良かったというか、今となっては昔の知り合いぐらいのもんだけどね。まあ……」
そこで、ふと思い出すようにして、
「あいつの書く小説はなかなかよかったな」
一瞬、要の表情が陰った気がしたが、それは志帆の気のせいだったかもしれない。
「探偵小説をおちょくったような、冗談みたいな小説ばっかりだったけどな」
と、前を向いたまま、ぶっきらぼうに矢津井が言う。要は苦笑しつつ、
「でも、あいつは矢津井の犯人当て小説、結構面白がってたけどね」
「全部犯人、当てられたけどな」
もしかして、ただそれを根に持っているだけじゃないの。そんな思いがちらとかすめたが、とはいえ、志帆はなんだかんだで、三人が探偵小説でつながっていたらしいことを感じたのだった。
そして、またその三人を、探偵小説的な事件が結び付けようとしている……。志帆にはそれが、要や矢津井たちにとってなにを思わせているのか察しようがなかったが、二人にとって探偵小説的な事件への興味以上に、この状況に引っ張られていくものがあったのかもしれない。
目指す場所に着いて間もなく、それは見つかった。
某小説よろしく、線路を延々と――とまではいかなくとも、少しは辿って歩くものと思っていた志帆の思惑は外れ、それは本当にあっさりと見つかった。
夏草に埋もれてゆきそうになっている赤錆の線路とその間にある枕木の上に、大きめの函がのっかっているのをすぐに見つけたのだ。アルミ製で、首がすっぽり入りそうな大きさ。そして、その鈍く光るふたには道化師の笑った顔がスプレーで描かれており、あまつさえ赤と白のリボンまでかけてあった。
「悪趣味極まりないな」
矢津井が吐き捨てるように言う。
「これって……やっぱりそうなんだよね」
志帆はその見るからに禍々しい函を、顔を
「ちょ、ちょっと! 開けるつもり?」
そう言った時には、すでに矢津井はリボンを解き、ふたに手をかけていた。
「そりゃあ、とりあえず確認しないと。通報して何もなかったら洒落になんないだろ」
何かあっても洒落になんないでしょ……と、志帆は思わず目をそらす。ふたが開けられる音とともに何か異様なにおいが、志帆の鼻腔を強くくすぐった。そのことに意識がいくと同時に、ふたが被される音。
「……どうだった?」
矢津井のほうを見て、恐る恐る結果を聞く。矢津井はしばらく黙ったまま――心もち顔が蒼い――ようやくぽつりと、
「首なのは確かだが……燃やされててよくわからん。黒焦げだ」
うわ……。志帆は自分も見てしまったように眉を
「こうなると、誰が誰だかわからんな」と矢津井。
「身元を分からなくしたかった、ということなのかな」
志帆が思ったことを口に出す。
「分からねえ。首を燃やしただけで、今日び身元が隠せるのか怪しい気もするが。それに、拓人さんによると指紋とかはつぶされてなかったらしいぜ。まあとにかく、指の指紋によると御堂ではないらしいが……」
一方、要はというと志帆や矢津井のやり取りを聞きながら、黙ったまま小さく息を吐き、少し長めの前髪をかきあげる様にして額に手を当てていた。
「なあ、空木、これってどういうことだと思う?」
矢津井が頭をガシガシかき回しながら言う。しかし、要はそれに答えることはなく、
「ん、何だこれ」
そう呟くと函の傍に屈みこみ、函の片側を持ち上げて、はみ出していた白いものを引っ張り出す。どうやら洋封筒らしい。ひっくり返すと赤い文字で『道化師より』と書かれている。
「これ……手紙か」
恐らく犯人によるものだろう。手に取ったまま、どうしようかと迷ったような要だったが、横から矢津井がひっさらう様にそれを取り、
「あ、ちょっとまた……。いいの? そんなに勝手に」
志帆が冷や冷やしながら言うものの、矢津井はまぁいいじゃないか、と軽く返して、
「せっかく見つけたんだし、一応は確認しとかないと」
そんなことを言いながら、取り出した紙――これまたあの工場跡地で見つけた紙切れのごとく、定規を当てたような、赤い引っ掻き文字でいっぱいになった――を読みあげていった。
矢津井が読み上げた文章――それは、これからその姿を色濃く街に映し出す殺人者からの、まさしく宣戦布告といえるものだった。
幾分唐突な形でそれは始まる。
『私こそが、死体を切断し、この街にバラ撒いた犯人であることを宣言する。そして、さらなる死体が現れることをここに予告しておこう。
サーカスの幕は上がり、公演は始まったばかりだ。人々が楽しんでくれるよう、私は意を尽くすばかりである。万雷の拍手を、万雷の喝采を――。
――道化師』
「こいつは……いよいよ探偵小説じみてきたな」
矢津井が思わずそう漏らすのも無理はない、いやにあけすけで冗談じみた挑戦状。志帆はそのあまりにも探偵小説じみた文言に滑稽さよりも、どこかうすら寒いものを覚えてしまう。そこには、明確な悪意がにじんでいる。
思わず、周りを見回してしまう。相変わらずの暑さの中、ギラギラとした光と廃線を飲み込まんと繁茂する緑。そんな光景の中に、
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