凸凹な彼女たちの事情

猫田パナ

凸凹な彼女たちの事情 ~猫が好きなのに猫が怖い~


 夢のようなキャンパスライフ……になるはずだったものが始まってから約一週間。

 私は教室を見渡し、彼女の影だけを探す。

「弥生(やよい)、駅まで帰ろ?」

 私が呼びかけると、彼女はいつも通りの眠たげな表情でこちらに振り向く。

 背が小さくて華奢な体つき。ルーズなパーマのかかった髪が腰まで伸びている。

「あ、うん。ちょっと待っててね」

 そう言うと彼女はスローペースで机の上に散らばった文房具類をペンケースに収め、ノートと一緒にトートバッグに放り込んだ。

 よいしょ、と立ち上がり、彼女は私を見上げる。

「やっぱり如月(きさらぎ)ちゃんは大きいなあ」


 そう、私は結構な長身だ。身長174センチ。その上瞳は吊り上がっていて、鼻は冷たげにツンと尖っているし、笑うと尖った八重歯が光る。

 その風貌が醸し出す「怖さ」のせいでなかなか初対面の人からは気軽に声をかけてもらえない。だから新学期を迎えるたび孤立するはめになる。だが同じようなあぶれ者は大抵もう一人か二人は存在するもので、そういうあぶれた子とまずは仲良くなり、そこから交友関係が徐々に広がっていくのがいつもの流れだった。

 大学に入学後もやはり同じ現象が起こり、私は同じようにあぶれていた弥生と仲良くなった。彼女はとても可愛らしいし性格も悪くないのだけれど、引っ込み思案でマイペースな性質のようだから、きっとのろのろしているうちにあぶれてしまったのだろう。


 私たちは他愛もない話をしながら駅までの徒歩約十五分の道のりを一緒に歩く。段々この道を歩くことにも慣れてきた。そして何度か歩くことで色々な発見もあった。通り沿いの小さなパン屋さんでは何故かミニカツ丼が売られていて、それが安いのに美味しいこと。大通りとぶつかる交差点のところにある小さな神社が実はパワースポットとして有名な神社だったこと。

 そしてもう一つの発見を、今日することになる。

「あれ、猫がいっぱい?」

 ふと立ち止まり、弥生が指をさす。民家が立ち並ぶ細い通りの一角に、なぜか猫が五匹も集まって寝転んでいる。

「わあー、本当だ!」

 私は思わずポケットからスマホを取り出し、写真を撮り始めた。こんなに猫が集まっているなんて珍しいし、人に慣れているのか近寄っても逃げたりしない。

 写真を撮りまくっている私に、弥生が言った。

「本当に猫が好きだね、如月ちゃんって。そういえば、スマホカバーもバッグチャームもハンカチも猫だよね」

「あ、う、うん」

 私はエヘヘ、と照れ笑いした。私が猫好きなのにはわけがある。


 私はこれまでの人生で一度も「可愛い」と言われたことがなかった。

 子供の頃から大人びていた私は「カッコイイね」「しっかりしている」「まるでモデルさんみたい」などと言われたことはあっても、可愛い的な表現をされたことがなかった。

 だがある時、クラスの友達が私の吊り上がった目をまじまじと見つめながら言ったのだ。

「如月さんの目って、なんだか猫に似ているよね」


 猫

 猫

 猫


――猫。

 それは可愛さの象徴のような動物。

 誰からも愛され、何者をも癒す存在。


 その、猫に、私が、似ている?!?!?!


 それ以来私は猫関連のグッズを見ると無条件に惹かれるようになった。そして気づけば自分の持ち物のほとんどが猫グッズという有様になっていたのだ。


「まあ、猫って可愛いもんね~」

 言いながら、弥生は一匹の猫にそっと近づき、優しく撫で始めた。

 そして私のほうを振り返る。

「如月ちゃんもこっちに来なよ~。この子触っても逃げないみたいだよ」

「う……」

 私は言葉に詰まった。


――実は私、動物は大の苦手なのだ。

 苦手と言っても嫌いなわけじゃない。動物園も水族館も大好きだし、自然をテーマにしたテレビ番組もよく見る。

 ただ、触れ合いは苦手というか、怖いというか。

 だが、動物が苦手、なんて言うと「人でなし感」が漂うんじゃないかと思って、なかなかそのことを人に切り出せないのだ。生き物を慈しむ女性は素敵だと思うからこそ、実は動物が怖いなんて言い出しにくい。


「どうしたの~?」

 首をかしげる弥生に、仕方なく私は言った。

「実は……動物が、苦手で」

「ええっ。そうだったんだね。でも、こんなに猫モチーフのものばっかり集めてるのに、猫も苦手なの?」

「猫はまだどちらかといえば大丈夫なほうだよ、この距離まで近づけるくらいだか……」

 その時、私の目はあるものに釘付けになった。

 弥生の足元に、バッタがいる。

「や、弥生、弥生、足! 足!」

 恐怖のあまり、私は二・三歩後ずさる。

「え? 足? ああ、バッタ?」

「そうだよ……」

「こんな小さなバッタまで怖いの?!」

 びっくりした表情の弥生。しかしバッタを恐れるようなそぶりは一つもない。

「あの、弥生、虫とか大丈夫なの?」

 たずねると弥生は笑顔で答えた。

「うん。私、動物も虫も大好きで~」

「そ、そうなんだね。わっ……」

 何かが視界をかすめ、私は思わず飛びのいた。

 顔の前でモンシロチョウがふわふわと飛行している。

「え、嘘でしょう? 如月ちゃん、モンシロチョウまで怖いの?」

「うん……。虫だからね……」

「へぇ~。意外! 如月ちゃんって結構怖がりだったんだね」


――とその時、後ろから声をかけられた。

「あー、如月さんと弥生さんじゃん」

「二人とも帰りー?」

 同じ学科のキラキラ女子集団だ。集団が声をかけて来た途端、弥生は耳まで真っ赤になって俯いてしまった。この様子では何も言葉を返せそうにない。

 私のほうは特にコミュニケーション能力に問題があるわけではないので、ペラペラと言葉を返す。

「うん。さっき中国語演習の講義受けて、今帰り」

「そうなんだー。うちら別のほう選択したんだよね」

「同じ学科でも選択した講義が違うと全然会わないよねー」

「っていうか猫すごくない? なんでこんなにいんの?」


 それからひとしきり可も不可もない会話を繰り広げ、キラキラ集団は「お先にー」と言いながら駅の方面へと去って行った。

 その間、弥生は一言も言葉を発することがなかった。


「人間、苦手?」

 ぽそりとたずねると、弥生は顔を赤くしたまま答える。

「……大丈夫な人は大丈夫なんだけど、ね~。勇気がいる時があるっていうか」

 そして気まずそうに苦笑いした。私に見られたくないところを見せてしまったなとでも思っているのだろう。

 やけにぎくしゃくした動きで撫でていた猫から離れ、バッグを肩にかけ直して立ち上がる。

 うーん。別にいいと思うんだけどな。

 人間が、苦手でも。

 

 また駅までの道を歩きながら、私はふと思いついて言った。

「じゃあさ、弥生は動物と虫担当ね。私が人間担当やるから」

 弥生はびっくりしたように私の顔をまじまじと見つめ、そして笑い出した。

「なにそれ。変なの」

 安堵の表情で肩を震わせながら笑う彼女を見て、私もほっとする。


 人間が嫌いじゃないけど、うまく関われないってことだってあると思うもの。

 猫が好きなのに猫を怖がっている私みたいなもんでさ。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

凸凹な彼女たちの事情 猫田パナ @nekotapana

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ