西村冴

敬具

 例えばあなたが尊い命を落としてしまいあの世に行ったとして、私があなたに対して抱いた哀惜の想いを天まで届けたとしたら、あなたはそれを受け取ってくれるでしょうか。


 こんな私の稚拙な心を、慈しみを持って受け入れてくれるでしょうか。


 今日はよく晴れた夏の日。海辺には観光客がたくさんいて、けれど私の店には観光客は訪れない。店の扉にかけられた『Close』の文字がそうさせているのだろう。


 新しく仕入れたコーヒー豆と、ちょっとしたケーキとごちそうを用意する。


 店の扉が開き、カランコロンと可愛らしい音が店内に響いた。


「いらっしゃいませ」


 私は厨房から出て扉の近くに駆け寄る。


「こんにちは」


 控えめにそう言った女性に、私は笑顔を向ける。


「おかえりなさい」


 可愛らしい瞳を持ったその女性は、私に笑顔を見せてくれた。


「ただいま、お母さん」



 夢にまで見た、娘の口からお母さんと言われるこの光景があまりにも眩しくて、私の視界が歪む。


 私の手は迷うことなく娘の背中に向かった。




 




 




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