――親ガチャに、課金しましょう。来世では私があなたの親になり、そしてあなたを運命に乗せて殺します。

「綺麗だね」


 空中から地上を見下ろす陸人は私の隣で呟いた。


「そうね」


 天気は良いが、若干風が強いせいで今日の飛行機は良く揺れる。酔わないよう、あらかじめ薬を用意しておけば良かったと私は後悔した。


「大丈夫? 酔いそう?」


 私に元気がないことに気が付いた陸人は、私の顔を覗き込んで聞いた。


「たぶん大丈夫」


 そんな嘘をついたが、病は気からともいうし私は自分に大丈夫だと言い聞かせた。


「そっか。昨日あまり寝れなかったみたいだし、寝ていればすぐ着くよ」


 昨晩なかなか寝付けなかったことに陸人は気づいていたのか、私は驚きながらも頷いて目を瞑る。


 母が亡くなり父とも決別して、心がすっきりした。母も父も私のことを本気で愛してくれていると心のどこかで信じていたから辛かったんだ、と私は気が付いた。今の関心は、私を産んだ母親の方へ向く。


 生きているかどうかも分からないが、もしかしたら西村さんのような素敵な人なのかもしれない。そんな確率の低い理想を掲げてしまう。私は本気で愛し合った男女の愛の証なんだろうか? それとも性欲のなりの果てに出来てしまった子供なんだろうか?


 もし私を産んでくれたお母さんが私に会いたいと思ってくれていたら、今からでも私のお母さんになってくれるならば、私は会ってみたいと思う。けれどどうやって探せばよいのだろう? せめて父に私が預けられた施設の名前を聞けばよかった。


 そんなことを思うが、もし私を産んだお母さんが碌な人間ではなかったら――。


 また親ガチャに失敗したとか、殺したいとかそんな情を抱いてしまうんだろう。負の感情は持ち続けることに力がいる。その力は心を蝕み疲弊させ、生きる気力を奪う。もうそんな生き方はしたくない。自分の不幸を誰かのせいにして生きるのは、いつまでも父と母の柵から抜け出せないような気がして嫌だ。


「お母さんに、会ってみたいの」


 私は目を瞑ったままそう呟いた。返答が返ってこず、私は目を開けて陸人を見ると陸人はこちらをじっと見つめていた。


「君を産んだお母さん?」


 私は頷いて、機内の天井に視線を移動する。


「もしかしたら生きてないかもしれないしとんでもない女性かもしれないし、不快に思うかもしれない。だから会うのは怖いけど」


 子供を施設に預けることが悪いことではない、と西村さんと出会って思った。いざ自分が施設に預けられた子供だと知ると複雑な気分だが、それでも自分を産んだ母を悪者にする気は起きなかった。


「瞳が会いたいなら会う価値は大いにあるね。良ければ僕も一緒に会わせてね」


 私は陸人に笑顔を見せた。


「でもその前に、西村さんに会いたいな」


 陸人は私の手をギュッと握った。


「色々思うことはあるけれど、恋しさが勝つの。ちゃんとさようならを言えずに帰って来ちゃったから、後悔もしてる」


 私ははぁ、とため息をついた。陸人はポケットから一枚の紙を取り出した。


「これ、西村さんの連絡先」


 私はえっと声を漏らした。


「いつの間に聞いたの?」


「瞳が最後に実家に行っている時、西村さんのお店に行ってコーヒーを飲んだ時に聞いてきたんだ」


 陸人から紙を受け取り、スマホに西村さんの電話番号とメールアドレスを登録した。


「きっとまた来るので、それまで待っていてくださいって伝えておいたよ」


 登録された西村さんの連絡先が表示された画面を見て、私は微笑んだ。


「待っていてくれるかな?」


 陸人は私に自分のスマホの画面を見せた。


「『昨日は連絡先を教えてくれてありがとう。瞳ちゃんにも早く会いたいです。いつでも、いつまでも待っているからね』だってさ」


 画面には西村さんからの送られてきたメールの文章が載っていた。


「今朝西村さんから届いたメールだよ。大丈夫。いつまでも待っていてくれるって」


 私の居場所が西村さんの隣にはある。そして陸人も私の居場所を心に作ってくれている。


「……うん。ありがとう」


 陸人が私の頭を撫でた。その優しい手つきに安心感を抱く。


「ねぇ、陸人」


「ん?」


 私の顔を覗き込む陸人に私は微笑んだ。


「福岡に帰って二人で転職活動して、仕事決まって私がお母さんに会えたらね」


「うんうん」


 私につられて陸人も微笑んだ。


「陸人と、家族になりたい」


 陸人の動きがピタッと止まった。


「……いいの?」


 私はゆっくり頷く。


「これからもいろいろあると思うけど、一緒に乗り越えていきたい」


 陸人はジッと私を見つめる。


「勿論、僕も瞳と家族になりたいけど、その前にまだ話してないことがあるんだ」


 私は首を傾げて陸人を見返した。


「なに?」


 陸人は笑って、そして口を開いた。





 

 











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