責任逃れ
「離婚しようとは思わなかったんですか?」
私は平静を装って父に尋ねる。
「思わなかったよ」
その返答で、私は父を鼻で笑った。
「あんな女、そばに居て辛くなかったんですか? 愛していたんですか?」
「ああ。愛していた」
しかし父は迷いなく答える。
「なんで? あなただって搾取されて苦しかったでしょう? 逃げ出したくならなかったんですか? 母性がないから手を出すな、だなんて差別もいいところ。なんで憤らなかったんですか?」
私は生れてはじめて父に対して怒りをぶつける。
「私が愛した妻が言うことなんだから、正しいと思った。私にとっては妻が正義だった」
「その愛情が私を不幸にした! お母さんを疑いもせず現実から目を逸らしたから、私は苦しかった!」
父の首元を掴み、私は涙目で抗議する。
「あんたたちが私を引き取らなければ、あんたたちが私を苦しめなければ、私は……」
優しい陸人の笑顔を思い出す。もし私が普通に育ったならば素直に嬉しいと思えただろう言葉を、愛している人からもらったのに。なのに私は、それを笑顔で受け取ることが出来ず苦しんでいる。
「私は家族を持つことに、こんなに恐怖心を持たなくて済んだのに――」
私は父の首元から手を放し、フラフラと壁にもたれかかった。そしてそのまま床に座り込む。悲しみと同時に、人のせいにして生きるのは気分がいいなと感じた。私は自分の情けなさをあざ笑う。
「この家に来たことを、後悔しているか?」
父は無表情で私を見下ろし聞いた。
「当たり前です。血がつながっていないのにここまで育てて下さったことには感謝しています。でも有難迷惑でした。そのまま施設に居た方が良かった」
私は父も見ず、ただ正面の壁をじっと見ていた。思っていることをすべて話し、心が空っぽになってしまった。
「そうか」
フッと父からの視線が途切れたような感覚を抱く。父を見上げると、案の定父はもう私を見ておらずドアの方へ歩いていた。
「鍵は机の上にでも置いておけ。ごみはこっちで処分する」
突き放すような言い方は、あまりにも冷たく私の心を凍らせる。
結局父も母も、私の気持ちを分かってくれるほど愛してくれてはいなかった。きっと父は母に何も言われなくても私の育児なんかしなかっただろうし、ただの言い訳を聞かされたというわけか。
はぁ、と私はため息をつく。こんな親のお陰で人生が狂わされるなんて、バカバカしい。私は鍵を机の上に置き、部屋を立ち去ろうとした。するとその時母が書いた手紙の存在を思い出し、私はカバンからそれを取り出した。
手紙は思ったよりも厚くて、読む気が失せる。きっと父と同様に言い訳を並べて、責任逃れをする気なんだろう。苛立ちで手紙ぐしゃぐしゃと握りつぶし、机の上に投げた。
この家に未練はない。私は部屋を出て父に声をかけずに家を出て行った――。
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