懺悔
「彼と結婚するのか?」
父は私にそう聞いた。
「どうして?」
若干の不快感を覚えながらも、私は返事をする。
「もし結婚するなら、結婚式とか出産とかの相談してほしいと思ったんだ」
家庭も守れない男になんの相談をするんだろう?
「どうも。でもその予定は今のところないんで、大丈夫です」
父が一瞬悲しげな表情をしたのは、気のせいじゃないだろう。これ以上の長居は不要な情を産んでしまう気がする。私は本が入ったカバンを持つ。そして段ボールを見た。
「これ、捨ててもらってもいいですか?」
私の視線は段ボールから父に移る。
「分かった」
父は頷くが、今まで家のことをすべて母に任せていた父がごみ捨てなんて出来るんだろうか? 心配になるが、そんなことどうだってよい。
何か言いたげな父は、私のことをじっと見ている。
「何か?」
今まで私のことをないものとして扱ってきたくせに、どうしてそんなに馴れ馴れしいんだ? 私の顔は、きっと怪訝なものを見るような表情をしていたと思う。けれど父は表情を変えずに、まだ私をじっと見つめていた。
「君が二歳ぐらいの時、私は君を殺しかけた時がある」
突然の告白に私は驚いて、眉を顰めて父を見上げた。
「君が突然泣き出して、母さんも手が離せなかったから君を抱き上げたんだ。そしたら君は暴れて、私は君を落としてしまった」
そんな話は聞いたことがなかった。
「幸い、床にひいていた毛布が下敷きになって君は無事だった。けれどそれを機に、母さんはますます私を君から遠ざけた」
「ますます?」
父が家庭を顧みないのは仕事が忙しいからだとばかり思っていた。しかし父の言葉が正しいのであれば、父は母の言うことを聞き、私に関わることを避けていたということだろうか。
「母さんは母性がなく血の繋がっていない私に子育ては無理だから瞳には近づくな、と言ったんだ。けれど君が大きくなるにつれてなぜ育児に参加しなかったのか、と私を責めた。私は君とどう接すればよいのか分からなかった、だから君から逃げていた」
これは父の懺悔なのか? それともただの言い訳なのか?
「そうですか」
私が苦しんだように自分も苦しんだんだとでも言いたいのだろうか? 冗談じゃない。あの悪魔のような母親の一番の被害者は私だ。父は仕事を理由に外に出れば、母から解放されていたのだから。
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