第4話:半妖

『(あと少し、あと少し……)』

静まり返った夜道。

未だ着いてこられている状況で独り言を口にする勇気は無く、心の中でずっと自分で自分をはげまし続けていた。

目の前にあの神社へ続く畦道あぜみちが目に入り安堵する。

足元が暗い為、自身のiPhoneの灯りを頼りにゆっくりと畦道を歩いて行く。

時々奥の階段を確認していると人影が見えた。

そんな気がした。

もしかして煙邏えんらだろうかと灯りを向けてみるが、すでに誰もおらず気のせいかと首を傾げる。

自分の歩く音だけが響く静寂せいじゃくの中、畦道に続き長い階段も慎重しんちょうのぼりきれば息をつく。

やっと到着した。

案の定着いてきていた怨霊は、鳥居前で止まり境内までは入って来ないでいる。

少しだけ怨霊に対し申し訳なさを感じながらも、煙邏の姿を探す為に振り返る。

夜にも関わらず、不思議と灯りで照らさなくても見やすい境内けいだい

足元の石畳いしだたみが真っ直ぐおやしろへと続く、その左に動く影が見え視線を向ける。

どうやらその人はお社の裏の方へと向かっているようだ。

煙邏かもしれないと、その影を追うようにお社へ近づく。

横手に曲がった時、相手も丁度裏手に回る所だった為声を掛けようとするが、寸前で口を閉ざす。

煙邏じゃない。

相手が裏手に姿を消すのを確認すれば、音を立てないように後ろに下がり柱の影に身を隠す。

少ししか見えなかったが、煙邏よりも長いと思われる赤髪だった。

顔は隠れて見えなかったが、あれは誰なのか。

じんわりと手のひらが熱を持つのが分かり、手のひらを擦り合わせていれば、突然背後から左肩を叩かれ心臓が飛び上がる。

『ふぉぁっ!?』

驚きに満ちた声と顔で背後を振り返れば、そこには目を丸くし固まる煙邏の姿。

驚きで思考が停止してしまったが、煙邏だったということを認識出来れば安心から表情が緩んでしまう。

『はぁ……良かった。煙邏さんだった』

「すみません、そんなに驚かれるとは思いませんでした」

『だって全然気付かなかったんですもんっ』

困ったように謝る煙邏の姿を見て、少し頬を膨らますが怒りは湧いていない。

むしろこのようなやり取りが出来て嬉しい。

私には、そういう仲の人が少ないから。

「そういえば…」と、自分の前を通り過ぎお社の横手を覗き込んだ煙邏は問いかけてくる。

「こちら側に何かありましたか?」

『あ、ちょっと人影が見えた気がして、煙邏さんかなー?と思って来ただけです』

「……そうでしたか。実はこの奥、あやかしの世界と繋がっていますから、もしかすると他の妖怪だったのかもしれませんね」

『この奥でしたか!』

昨日の帰り道、妖の世界があるということ、そこを繋ぐ出入口が各地に点在てんざいしているということは聞いていたが、まさかこの神社にあったとは思わなかった。

妖の世界だなんて、とても興味深く少し行ってみたい気もする。

「それにしても……今日も厄介そうなのを連れてきていましたね」

視線を上げれば、鳥居の方を向き目を細めて笑う煙邏の姿が目に入り、自分に着いてきた怨霊の事かとハッとした。

『あはは、暗くなってから大量に怨霊が見えてしまいまして。さっきの子に着いてこられていたので、何もして来なくても自宅に連れ帰るのも問題だと思って……どうして自分はこんなにも目を付けられるのか、そもそもなんで怨霊が見えてしまうのか分からず……。煙邏さんなら分かるかと思って、そのまま来ちゃいました』

経緯と聞こうと思っていた疑問点を、勢いで全て話せば苦笑いを浮かべ彼を見る。

すると、きょとんとしたような表情をされ、自分が何かおかしなことを言ってしまったかと不安になり笑みが引っ込む。

言ったことを思い返すが、特におかしなことを言ったつもりは無いのだが……。

「えっと……花さんは、今まで彼らを見た事は無かったんですか?」

『?? ……あ、たぶん幼い頃に何度か? 最近は全然見てなかったです』

煙邏からの問いかけに自分の過去を思い返せば、あれやこれや怨霊だったのかもしれないと、思い当たる記憶はいくつかある。

とは言っても、恐らく幼稚園ぐらいの頃の話であり、自分の記憶もうっすらでそれ以降今まで見ることがなかった。

ゆえ禍々まがまがしいものに対しての耐性が無く、昨日や今日とどうしていいか分からずこんなことになってしまっている。

未だ目の前で悩ましい顔をしている煙邏を見上げ、本当にどうしたのかと心配になってしまう。

手を顎に当て、なにやら暫く思考していた煙邏だったが、こちらに視線を戻せば困り顔のまま口を開いた。

「……一つ、確認させて頂きたいことがあるのですが、花さんはご自身がであると認識していますか?」

『……ん? はんよう?とは』

聞き慣れない言葉に同じようにゆっくりと発音し首を傾げれば、煙邏の表情がやっぱり…というように変わっていき、私の頭の中がハテナで埋め尽くされてしまう。

「最初から違和感はあったのですが、やはり気付いていませんでしたか」

『えっと……はい、何の話かさっぱりですね?』

完全に自分が話についていけていない、ということだけは理解ができる。

恐らく煙邏の中では何か合点がてんがいっているのであろう。

一つため息をついた煙邏は、こちらに手招きをし歩いて行く。

どこに行くのかと思えば、お社の入口。

「少し長くなりそうですし、座って話しましょう」

煙邏からの気遣いに嬉しさを感じ少し顔が熱くなるのが分かった。

誰かに優しくされることに慣れていない自分からすると、こういう気遣いでも嬉しいのだが心臓に悪い。

『ありがとうございます』

お礼を言いつつ石の階段を数段上れば、お社の扉を背後に鞄を下ろしてから座る。

その隣に煙邏も来れば、腰を下ろしハーフアップにした長い髪を手前に回していた。

「ではまず、半妖についての説明からしましょうか」

こくこくと首を縦に振りうなずけば、そのまま説明を始めてくれる。

「まず半妖というのは、文字通りである、という意味です。例えばですが、身体的しんたいてき構造は人間ですが妖力ようりょくを持っている者。花さんはまさに今その状態です」

『え!? 私、妖力あるんですか?』

「ええ、かすかに感じ取れます。ただこの半妖というのはとても珍しい存在で、私も噂に聞いたことしかなかった程です。また、先天性せんてんせいのみと言われていまして、後天性こうてんせいは無いと言われています」

『ふむふむ? 先天性ということは、産まれた時に妖力はあって、でも身体的には人間である……と。産まれた時に妖力が無いと、次第に妖力が身に付くことは無い、ということですか?』

混乱してしまいそうな内容に、なんとか理解しようと、自身の中で噛み砕き要約ようやくして尋ねる。

煙邏は私の問いかけに頷いた為、自分の理解が間違っていなかったことを確認した。

『そうですよね。人間は人間ですもんね』

「はい。花さんは幼少期に怨霊を見たことがある、と仰っていたので先天性で間違いないかと思ったのですが、昨日まで何も見えていなかったとなると可能性は低いかと……」

確かに、仮に自分が産まれた時から妖力を持っていたのだとすると、幼い頃から継続的に見えるもしくは見えやすくなるのが自然だと考えられる。

そうなると、ますます自分の状況がおかしいことになってしまう。

『あ、もしかしてこの模様って、その半妖の影響?とかなにかですか?』

ふと鞄を握り締めていた自分の手に目が止まり、そういえばと両手を開けば煙邏に見せてみる。

一瞬消えてるかも、とは考えたが全然そんなことは無かった。

昨日の入浴時と変わらず、少し赤味あかみびたあざはそこにあった。

「目のような痣ですね」

『ですよね。昨日まで無かったので驚きました』

「……、ですかね?」

『手の目?』

私の痣を見て少し考えた後に言われた、という言葉。

聞いた感じ手に目があるからのような気もするが、分からない為そのまま煙邏の言葉を聞き返してしまった。

「はい、妖怪です。言葉通り、手のひらに目がある姿とされています。ただ手の目は本来の目が見えないとされているのですが、ご自分の目は無事ですか?」

『いきなり怖いこと言わないで下さいよっ!? まあ、今はなんとも無いですけど…』

突然の失明を予兆させるような言葉に背筋が冷えた。

元々視力が良いという訳ではなく、今では眼鏡をかけているのだが見えなくなるというようなことは無い。

勿論もちろん、昨日から急に見えづらくなったなどの症状も感じてはいない。

大丈夫だとは思っているが、急に朝起きたら見えなくなっていた等、考えるだけで恐怖でしかない。

「何事も無いようで安心しました。ですが、妖怪と混ざり合ってしまっているとは……予想外です」

『自分も、まさかそんなことになっているとは……。このままだと、私ずっと怨霊に付きまとわれてしまうんですかね』

昨日の今日で、いきなり半妖になってしまったから、半妖らしく生きていくなど無理に等しい。

寧ろ半妖らしくとはどうすればいいのか。

昨日や今日のように、自分に寄ってくる怨霊の対処法も聞いた所で実行出来る自信が無い。

正直な話、早々に混ざってしまったという妖怪には自分から離れて頂きたい。

今後の不安がつい口に出てしまい、煙邏でも答えが出せないであろうに疑問として投げかけてしまった。

数秒か、数分か、お互いの間に沈黙が流れる。

ざわざわと風により揺れる木々の音を聞きながら、自分でも今後どうしていくかを考えていた。

「花さん。に行ってみませんか?」

先に口を開いたのは煙邏だった。

驚きの提案に開いた口が塞がらない。

妖の世界に、自分が行く?

確かに興味はとてもあるが、そんな未知の世界に自分が行ったとて、絶対生きて居られないだろう。

『いや、いやいやいや……自分平凡な人間ですし、絶対すぐに死んでしまいますよ』

両手を目の前で振り、自分には無理だとジェスチャー付きで断りをいれる。

「何か誤解をされているようですが、住むしゅが違うだけでこちらの世界と大差たいさありませんよ?」

『……へ?』

そう言われ、すぐに思い出す。

向こうの世界も妖が暮らし、争いなどが無いか国を統治とうちする組織、人間世界での警察のようなものがあるということ。

多少な事件はあるものの、平和な世界であると。

昨日の帰り道に教わった内容をすっかり忘れてしまっていた。

自分が最初にいだいていた間違った印象が抜けておらず、つい勘違いをしてしまう。

『すみません……すっかり忘れてしまっていました』

額を押さえて煙邏に対し謝れば、隣から少し笑うように「いえいえ」と聞こえてくる。

しかしながら、自分で解決出来るだろうか。

妖の世界については未知であり、特殊な力も無い。

煙邏がついていてくれれば嬉しいのだが…。

ちらりと隣に座る彼に視線を向ければ、こちらに気づき目が合う。

流石に都合が良すぎるだろうかと、胸の内を言うか言わないか迷っていれば、何かを察してくれたのか最初からそのつもりだったのか立ち上がり煙邏が口を開く。

「花さん、よろしければ貴女が元に戻る手伝いをさせて頂けませんか?」

こちらに向けて差し出された手。

付き合わせてしまうのも申し訳ない気がする。

でもすごく有難く心強い。

『ありがとうございます。よろしくお願いしますっ!』

目の前の手に自分の手を重ねれば、鞄を持ち立ち上がる。

自分の中の妖怪をどうにかしないと。

冷たくなってしまっていた自分の手に伝わる温もりが心地よく、私に安堵感あんどかんを与えてくれる。

煙邏に手を引かれ、私は妖の世界へと足を踏み入れたのだった。

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傀儡の輪廻 八敷 燎 @undetakear19

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