第3話:着いて来る

『ふぁ……ねむっ』

翌日の授業終わり。

残って制作をする訳でもなく、親しい友人などという存在と話をする訳でもなく、早々に教室を後にすれば帰り道に欠伸あくびをもらす。

急ぎの制作が無い時期は、充分すぎる程の睡眠を取っている自分だが、昨日は考えごとをしておりなかなか寝付けなかった。

一つは来年度の卒業作品に何を制作するべきかという悩み。

自分の通う大学は美術大学で、四年間の締めくくりとして一年をかけて自分の作品を作り上げる。

もうすぐ進級ということもあり、何を作るべきかなかなか思い浮かばずに焦りを感じているのだ。

しかしそれよりも更に深刻な悩み。

それが、手のひらに現れた謎のあざの存在。

昨晩の入浴中に気付いたのだが、自身の手のひらに不思議な痣?のようなものがあることに気付いた。

痛みやかゆみがある訳でもなく、石鹸で何度擦っても落ちなかった

結局そのまま放置しているのだが、人に見られると疑問を持たれそうで大きめのカーディガンを羽織はおり対処している。

『なんか、目のマーク……みたいだよね?』

誰に聞くでもなく独り言を呟きながら自身の手のひらを眺めながら歩く。

日が沈むのが早い時期で、空がだいぶ薄暗くなり

影がさす。

この時間になってくると、また昨日のように変なモノが見えてしまいそうだと感じてしまう。

風が吹いていることも重なり、寒さに耐えながらも早足で自宅へと急ぐ。

が、次第になにか違和感を感じ始めあゆみゆるめる。

『人が、増えてる?』

都会であり帰宅時間に被っていることから、次第に人が増えているものだと思った。

違う。

人に紛れて蠢く姿。

それがこの世のものではないということにはすぐに気づいた。

禍々しい。

嫌な気分になる。

昨日の帰り道、煙邏えんらから聞いた話を思い出す。

自分がだと思っていた存在は、であるという。

主に供養くようされずにいる死者の魂や、人々の負の感情といったものが渦巻うずまき生み出されると聞いた。

それを聞き自分はゾッと背筋に冷たいものが走ったのだが、煙邏は「元々は人間が生み出したものですし、私は嫌じゃありませんけどね。危害を加えてくるのは別問題ですけれど」と、微笑ほほえんでいた。

その言葉に、優しい心を感じたのを覚えている。

人間が怨霊などと聞くと、文字通り悪いものであると決めつけ嫌悪けんおしてしまうが、そうではなく寄り添おうとしている雰囲気を彼から感じとれた。

自分も相手に寄り添えるような心を持ちたい。ら彼を見習わないといけない。

しかしそうは思っても、行き交う人々にまぎれてハッキリと見える怨霊達が怖くないかと聞かれれば、その場から逃げ出したいくらいには怖い。

人の心など早々に変えられるものでは無いのだから。

いや、それよりもまず、何故自分は怨霊が見えているのか。

普段は見えないものではなかったのかと問いたくなる気持ちを抑えつつ、周囲の人の様子を伺ってみる。

勿論もちろん誰も騒ぐ訳もなく、皆それぞれの目的地に向かい早足で歩いて行く。

『やっぱ自分にしか見えてない、よね……』

同じ世界に居るはずなのに、急に自分だけが取り残されたような複雑な気持ちにむなしさを覚えた。

そんな中、ふと背後から視線を感じて恐る恐る振り返る。

は私から数歩離れた所に立っていた。

黒く、どろりとした表面。

人のような形に見え、背丈は自分よりも少し高い男に思える。

明らかに他の怨霊と違う雰囲気だと直感した。

見た目だって自分がそう見えるだけで、実際は到底とうてい人には見えない。

なるべく周りから見て不自然にならないよう、平然を装えば元の道を歩みだす。

人の流れに合わせ進んではいるが、いつまで経っても背後からの視線が無くならず、道の端に寄り振り返ってみることに。

すると、同じ感覚を保ったまま着いてきているソレの姿。

『えぇ……どうしよ』

正直恐怖よりも困惑してしまった。

もっとTheという見た目だったり、襲ってきたりならだいぶ怖いのだ。

しかしソレは真っ黒な物体で、距離を保って着いてくるだけのようで、人通りのあるこの場所ではあまり怖くはない。

このまま家まで着いてこられても嫌だが、かといって帰らないというのも無理な話であり悩んでしまう。

『んー……煙邏さん、居るかな』

頭によぎったのは妖怪である彼。

もしかすると対処法であったり、何故自分がこんなにも怨霊を見てしまうのか教えてくれるかもしれない。

幸い少し歩いた距離に昨日の神社がある。

夜の人気ひとけの無いあの田んぼ道、この怨霊と二人っきりというのは少々不安だが行ってみるしかない。

再び歩き出せば、ちらりと背後を見て同じペースで着いてくるソレを確認し、例の神社へと向かった。

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