第11話 この短剣は私の命そのもの
テーブルの上に置かれた≪フィロメナの短剣≫の柄についている赤い宝石はその光の内に深淵のような闇をはらんでいるかのように妖しく、昏く輝いている。
「これは、大層な物を持ち込んできたものだ。数十年ぶりに見た。これはダンジョンの心臓。ダンジョンの本体そのもの。これは≪核≫だね」
老婆の皺だらけの顔に微かにではあるが興奮の色が見えた気がした。
「これを≪鑑定≫するとなると手土産だけで安請け合いするわけにはいかないね。俗世のごたごたに巻き込まれる可能性があるし、非常に消耗する。代償を払う覚悟はおありかな、赤い髪のお嬢さん」
ダフネは値踏みするような目でフリーダを見つめ、細く歪んだ人差し指を眼前に向けてきた。
代償とは何だろう。
父たちの話には出てこなかった。
「お前さんの寿命を一年貰う。そう若さの源を一年。嫌ならばその短剣をもって出て行くといい」
寿命。
十七歳の私の寿命が尽きるのは何年先なのか。
若さを一年与えるということは、肉体が十八歳になるという解釈であっているのだろうか。
これまで十七年間の人生を振り返ってみる。
私の人生で何か良いことはあっただろうか。幸せを感じるようなことはあっただろうか。そして、これから先、このまま生きて幸せのなれるだろうか。
私より不幸な人は当然、たくさんいることだろう。
でも私は、自分の人生に満足したことなどなかった。
このまま何も変わらず、この冴えない人生が延々と続くことに何の意味があるだろう。
私の十七年間は、孤独で、退屈で、暗鬱だった。
≪フィロメナの短剣≫が私の人生に幸運をもたらす保証はない。
だが、少なくとも代わり映えしない私の人生を変える転機にはなり得る。
ただ長生きして何もない平凡な人生なんて、私は嫌だ。
「代償は払う。たった一年。なんてことないわ」
「言い切ったね。迷いがない。晩年の一年じゃない。若くもっとも輝く時を一年失うんだよ。やれやれ、何がそうさせるのやら。この短剣がもたらすのは恐ろしい災厄かもしれぬのだ。二言はないね」
「覚悟の上よ。≪鑑定≫を頼むわ」
「この短剣は、お前さんにとって何だ。なぜ固執する」
フリーダは老婆の白く濁った眼を見つめ返す。
「この短剣は私の命そのものよ」
あの日、迷宮の小部屋で、仲間たちに見捨てられ、異形の魔物どもに食い殺されるしかなかった自分の運命を変えたのは、この≪フィロメナの短剣≫だった。
私の人生はどのみち十七年で終わるはずだったのだ。
代償の一年くらい、どうしたというのだ。
老婆はしばらく何かを考えているようで押し黙ってしまった。
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