第12話 フィロメナの短剣

長い沈黙の後、ようやく老婆は口を開いた。


「わかった。≪鑑定≫してやろう。その前に、お前、名は何という?」


「フリーダ、私はフリーダよ」


「フリーダ。良い名だ」


ダフネは、深く息を吐くと右の手を高く上げ指を鳴らした。

乾いた音が室内に響き渡る。


突然、室内を埋め尽くしていた財宝の類が消えた。

先ほどまで何もなかった場所に壁が現れ、あれだけ広かった室内が手頃な大きさの広さに縮んでしまった。

豪華なシャンデリアは、実用的な金属製の燭台に変わり、今まで座っていた長椅子もテーブルも飾り気はないが素朴で品の良いものに姿を変えていく。


「どうだい、驚いたかい」


そう言ったダフネの顔を見て、驚いた。

そこには深く皺に刻まれたシミだらけの顔は無かった。

壁にかかっていた絵画の女性のように、その頬は白く、張りがあった。

白髪は濡烏のような輝く黒髪に変わり、醜く歪んだ手指は、若々しく節くれだっていなかった。

身に着けている衣服も薄汚れたローブから銀の刺繍が入った深い黒色のローブに変わっていた。


「人は見たいものを見たいように見る。私の姿はさぞかし醜い老婆に見えたことだろう」


室内とダフネのあまりの変化にフリーダは言葉を失った。


ダフネによると、所狭しと置かれていた美術品や財宝の類、そして老婆の姿は全てダフネの魔法で見せた幻覚だったとのことだった。

長きにわたり、様々な人間が≪鑑定≫を求めて、この庵を訪れてきた。

この庵を訪れた者は、まずこの幻覚によって選別される。

これらの財宝を見て、奪おうとしてきた者は返り討ちに遭い、寿命を奪われ、老人になった状態で森に追い出されてきたのだという。

そうして運よく下山できた者たちの話に尾ひれがつき、付近の者たちが忌み嫌う魂吸いの老婆の噂が流れ、この山に踏み入ろうとするものは減ったのだとダフネは笑う。


「だが、フリーダ。お前は財宝に目もくれず、真直ぐ私の元に来た。財宝よりも大事なものをすでに手にしていたからだ」


ダフネは、テーブルに置かれた≪フィロメナの短剣≫を手元に引き寄せると何やら唱え始めた。

ダフネの黒色の瞳が妖しい光を帯び、≪フィロメナの短剣≫は宙に浮いた。


短剣の周りに紫がかった光の輪が幾重に絡み合い、収縮を繰り返している。


「この≪核≫は若い。実りきる前に摘まれた果実のようなものだ。ゆえに他の≪核≫に比べれば、秘められた力は小さい」


ダフネは目を見開いたまま、≪フィロメナの短剣≫の周りに両の掌を向けた。


「秘められた力は二つ。一つ目は鞘を抜いた時に姿をくらます力。鞘を抜いた状態であればお前の姿も匂いも、誰にもとらえることができなくなる。もう一つは刃で傷つけた相手の生命力を奪う力。奪った生命力で、お前の傷や病をを治すことができる。そう、言うなれば≪姿くらまし(認識遮断)≫と≪生命力奪取≫の魔力を秘めた短剣だということができる」


ダフネは目を閉じ、ソファの背もたれに寄りかかった。

美しい眉間をひそめ、肩で息をしている。


言葉通り、≪ダンジョンの核≫を鑑定するのは相当な負担だったのだろう。


≪フィロメナの短剣≫の効果には思い当たるところがあった。


迷宮内の小部屋でコボルトたちがフリーダを見失い、部屋を出て行ったのも、傷つけられた腕の傷や強打した腰の痛みが消えたのは、≪フィロメナの短剣≫の力だったのだ。




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