第6話 にげたくない

夜が明けて、フリーダは再び歩き始めた。

単身での野宿だったので、眠るわけにはいかなかったが、時折目を閉じたり、木の幹に寄りかかったりしたので体の疲れはだいぶ回復していた。


道すがら、この先どうすべきか考えていた。


イレオンの町に戻って、いままで通り冒険者を続けることは可能だろうか。

冒険者ギルドでは、冒険者同士の揉め事は仲裁してくれない。

全て当人同士の話し合いだ。

アダンたちに放置されたことを詰問してもはぐらかされたり、逆切れされるのが関の山だろう。信頼と信用が大事な業界なので、同行者を迷宮に置き去りにしたという噂が広がるのを恐れ、口封じに命を狙われることだって考えうる。


フリーダが生きている事実はアダンたち≪やがて天に至る者たち≫にとって都合が悪いのだ。


死んだと思い込んでいるアダンたちの目の前に現れて、一泡吹かせてやりたい。

ギルドのフロアのど真ん中で、迷宮内で放置された事実を堂々と主張出来たらどれだけ気分がいいことだろう。


冷静に考えれば、イレオンの町の連中には、このまま死んだことにして、他の町で一から生き直すのが得策だろう。


冒険者の、それも女盗賊一匹死んだって、誰も騒ぎ立てやしないだろう。

あの町には親しい人間など一人もいなかったのだから。

そうして何年か経つうちに、私のことなど皆忘れる。


違う町で、違うフリーダとして、一からやり直す。

これが最善に思えた。


でも、逃げたくない。


自分には何も非がないのに、どうして逃げるように町を出なければならないのか。

ふざけるな。

怒りが内側から湧いてくる。


フリーダは立ち止まり、大きく深呼吸をする。


いつも感情に身を任せて失敗してきた。もっと冷静にならなければならない。


そしてフリーダにはもう一つ気がかりなことがあった。


フィロメナの迷宮で見つけた赤い宝石の短剣だ。

あれが≪ダンジョンの核≫に相当する宝物だと知られた場合、力づくで手に入れようという輩が後を絶たないことだろう。本来、この手の宝物は一流の冒険者や王侯貴族の私兵などで結成された調査団が何年も入念な準備をして攻略し、ようやく手に入れられるものなのだ。

生まれたての小さな迷宮自体が非常に珍しく、今回のように経験の浅い冒険者が運と偶然だけで手に入れるというようなことなどまずないのだ。


フィロメナの迷宮が消滅してしまえば、いずれ誰かが≪ダンジョンの核≫を入手したことがバレてしまう。ただでさえ目立つ短剣だ。きっと狙われてしまう。

ダンジョンを攻略するより、小娘一人殺して手に入れる方が楽だと考える輩はきっとたくさんいる。


山の砦に住んでいたころ、分不相応な宝を手にして悲運の最後を遂げた盗賊を何人も見たり聞いたりしてきた。


この短剣がもたらすのは幸運か、不幸か。


気が付くと森を抜け、街道に出ていた。







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