第5話 ずっとひとりだった
フィロメナの迷宮をでてから、森の小径をひたすら歩いた。
この小径をしばらく行くと、森を抜け、街道に出る。
イレオンの町までは、街道に出てから、さらに二日近く歩かなくてはならない。
辺りがだんだん暗くなってきたので、野宿する場所を探さなければならない。
夜の森を進むのは危険この上ない。たちの悪い魔物や野生動物に出くわす危険性が高まる。場所によっては野盗などに出くわすこともある。
盗賊が野盗に襲われるなど、シャレにならない。
小径の脇に少し膨らんだ場所があったので、焚火ををおこすことにした。
地面を少し掘り、そこに枯れ木や小枝、落ち葉を入れる。火が付きやすいように枯れ木をナイフで削り、木くずをためる。
「指先を灯せ。≪着火≫」
≪着火≫はごく小さな火を指先から出す初歩的な魔法である。竈に火を入れたり、ろうそくに火をつけるときに便利なので、冒険者以外でも習得している者は多い。
フリーダの指先に灯った小さな火が木くずや枯葉に燃え広がっていく。
燃えやすいように枯れ木の位置を動かしたりして、火を大きくしていく。
フリーダは腰の革袋の中から≪ホフダムの香≫を取り出し、焚火の中にひとつまみ入れた。
薄い紫色の煙が空に向かって一筋立ち上ると、辺りに甘い匂いが立ち込めてきた。
≪ホフダムの香≫には魔物が忌み嫌う香りによって、それらを遠ざける効能がある。野犬や狼などの嗅覚が鋭い動物にも効果がある。
フリーダは、カロートという穀物の粉を固めて焼いて作る携帯食をかじりながら、焚き火の炎を見つめた。
焚火の炎を見つめていると故郷のことを思い出してしまう。
フリーダの父は盗賊団の首領だった。
とある山の洞窟を生かす形で砦を築き、根城にしていた。付近の村々や街道の旅人を襲っては金品を得ていた。義賊などとは程遠い、本当の野盗だ。
戦果が良かった時などは、焚き火を囲み、父たちは酒盛りをしていた。
まだ、幼かった私は何があったのかも知らず、喜び合う父と仲間を見て、一緒に喜んんでいた。
きれいごとを言うつもりはない。
知らない誰かを殺して奪いとった財物で、私は育った。
母は父の部下だった女で、三人の兄は物心つくころには父の家業を手伝っていた。
今頃きっと立派な野盗になっていることだろう。
父がどこからか持ってきた宝箱や錠前が私の玩具だった。
一日中、時間が経つのも忘れて、鍵穴と格闘していた。
時折、同じ砦に住む子供たちと遊んだ。
盗賊ごっこはあまり好きではなかった。
あの懐かしい山の砦に、まともな未来は感じられなかった。
フリーダは十四歳で、長年住み慣れた山の砦を出て冒険者になったが、パーティに所属することができず、いつも一人だった。
鍵開け、罠探し、罠の解除、偵察。どの技術も冒険で欠かせない技術だったが、いつも臨時雇いのサポートメンバーで、フリーダをパーティに誘ってくれる者は誰もいなかった。
女盗賊は不遇職だった。
厳密にいえばギルドでの募集では、盗賊という職業で募集されているわけではない。役割として、斥候や鍵開けができる人材求むという感じで募集される。
少し考えてみればわかると思うが、鍵開けや罠外しの技術を習得している人間は、裏街道の人間であることが多い。まともな人生を歩んでいる人間が宝箱や人様の家の戸の鍵開けの技術に興味を持つわけがない。鍵開けなどの技術は、経験がものをいう。一言で鍵といってもその種類は多種多様で、その開錠技術は見よう見まねで習得できるものではない。
斥候や鍵開けができる人材というのは、たいてい盗賊なのだ。
そんな人間を信頼してパーティの仲間に迎え入れようという奇特な人間がどれだけいることだろう。常に自分たちの懐を狙われているのではないかと気が気ではなくなるのだから。
フリーダは盗賊で、しかも女だ。
同じ技術を持っているのであれば、戦闘時など、身体能力の面でどうしても男と比べられてしまう。
冒険者になって三年。気を許せる仲間などできたことがなかった。
ずっとひとりだった。
突然、焚き火の中で何かが爆ぜた。その音で現実に引き戻された。
焚き火のぱちぱちという音が、静かな夜の森にことさら大きく響いて聞こえた。
フリーダは、焚き火の揺らめく炎のような、あの赤い宝石のついた短剣を思い出し、懐から取り出した。
鞘を抜くと、くっきりと美しい積層柄の刀身が現れる。
コボルトの血が付着してないか、炎の輝きに照らして、確認するが、まるで一度も使っていないかのように傷ひとつ見つけることは出来なかった。
刀身に刻まれた積層の凹凸に炎の光が乱反射し、妖しい輝きを放っている。
不思議なことに、この美しい短剣を眺めていると寂しさが紛れる気がする。
フリーダは飽きることなく刀身を眺め続けた。
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