第4話 まだ、いきてるぞ

やはり≪ダンジョンの死≫が進行しているのか、地上一階に上がっても魔物との遭遇は無かった。


五感を研ぎ澄まし、些細な物音も見逃すまいと意識を集中する。


いまやこの迷宮内に存在しているのは自分だけではないかと思えるほどの静寂。


来るときに目印に置いてきた≪光源≫を辿って進んでいくと、なんとか出口にたどり着いた。


出口から外にでると太陽が真上に昇っていた。太陽の眩さに目がくらむ。

ダンジョンの探索を開始したのは、昼過ぎだったので、一昼夜、迷宮内にいたことになる。

しばらくして、目が慣れてくると、命を拾ったという実感が湧き上がってきた。


どうだ、私はまだ生きているぞ。

自分を見捨てて逃げたパーティメンバーの顔が思い浮かぶ。

私が生きていることを知ったらどんな顔をするだろう。


七日前、イレオンの町の酒場で、宝箱の鍵開けと罠解除を期待されて、アダンたちのパーティ≪やがて天に至る者たち≫の勧誘を受けた。

年齢も割と近く、楽しそうな雰囲気だったので軽いノリで引き受けてしまった。


フィロメナの迷宮に潜り、宝箱と魔石を回収して帰ってくるという簡単な仕事のはずだった。

ところがタイミングが悪かったのか、宝箱を一つも見つけることができないまま地下三階に到達してしまった。おそらく他の冒険者が攻略してから、日が浅かったのかもしれない。ダンジョンは一定時間経つと新たな宝箱を生成するが、その間の休息期に当たってしまった可能性が高かった。

そして≪やがて天に至る者たち≫の一行が落胆しているところでフリーダが例の隠し扉の小部屋を発見したのだった。

隠し扉があったところは行き止まりにある普通の壁にしか見えなかったが、何か妙に気になって調べてみたところ、小指の先ほどの小さな窪みの中に仕掛け穴があった。

仕掛けを解除して、小部屋の中に入ると突然、コボルトたちが部屋に詰めかけてきた。まるで何かに呼び寄せられたかのように、前触れもなく突然だった。


そして混乱と動揺がせめぎあう状況で、≪やがて天に至る者たち≫が決断したのはは、フリーダの解雇と放置だった。


フィロメナの迷宮は地下三階までの比較的初心者向けのダンジョンである。

一つのフロアも大した広さでないため、冒険者になりたてのパーティでも地図さえあれば、丸一日で最深部に到達して帰ってこれる手軽さだった。

まだ発見されてから日が浅く、未成熟なダンジョンなので≪核≫にあたる宝物が無いのだともいわれていた。

ダンジョンは古いものほど深く、広大なのだ。


もし、自分が手に入れた赤い宝石の短剣が≪ダンジョンの核≫だったのだとすれば、やがてフィロメナの迷宮は消滅し、目の前の出入口も消え去ることだろう。


イレオンの町はフィロメナの迷宮をはじめとするいくつかのダンジョンのおかげで栄える町である。ダンジョンに挑む冒険者の宿場であり、彼らが必要とする品々の商いで生計を立てている者がたくさんいるのだ。

そんな町にとって駆け出し冒険者御用達であるフィロメナの迷宮の消失は、少なからず悪影響を及ぼすに違いない。


フリーダは何かを振り払うようにかぶりを振り、空を見上げた。


町だとか他人の心配をしている場合じゃない。


これから自分がどうすべきか考えなくてはならない。前途は混とんとして、未だ不明瞭だ。


でも、とりあえず、私はまだ生きている。


フリーダはイレオンの町に向かって歩き出した。










  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る