第2話 どういうことなの
また一匹、コボルトが部屋に入ってきた。
奇跡でも起きて、目の前の三匹を倒せても、ここは地下三階。
一人では出口まで行けないかもしれない。
フリーダは木箱を手に取ると部屋の奥の壁まで素早く後退した。
狭い室内にコボルトたちの荒々しい呼吸音が響く。
しかし、どういうわけかコボルトたちは出入口付近から動こうとせず、フリーダとコボルトたちは中央の台座を挟んでにらみ合う形となった。
臆病なコボルトたちはもっと仲間が来るまで待つつもりなのだろうか。
それとも何か罠のようなものがあると邪推して入ってこれないのだろうか。
戦士のように戦闘に長けているわけでもない。
魔法使いのように魔物を倒せるような魔法が使えるわけでもない。
聖女のように自らの傷を癒すこともできない。
少々のすばしっこさと罠や鍵の解除しか能がない、ただの盗賊。
しかも男よりどうしても腕力などの身体能力で劣ってしまう女盗賊だ。
見た目にも強そうには見えないだろう。
コボルトたちが自分に威圧されて、この部屋に侵入して来れないとは思えない。
時間の経過とともにコボルトの仲間たちは増えていくことであろうし、絶体絶命だ。
どうせ助からないなら、せめてお宝を拝んでやろう。
金か、宝石か、はたまた美術品か。
しょうもない物だったら許さない。
私の人生をかけるに値するようなものであったなら、生きる気力が少しでも湧き出るような物であったなら。
フリーダは宝箱を開けた。
素っ気ない木製の宝箱の中央に納められていたのは、短剣だった。
柄は鈍く輝く不思議な色合いの金属でできており、美しいが陰りがある赤い宝石が付いていた。鞘には凝った金の装飾がなされていて、中央には何か文字のようなものが刻み込まれている。
フリーダはその美しい短剣を箱から取り出し、胸の前で握りしめる。
これで戦えという意味なのか、はたまた自決せよという意味なのか。
これほどの数的有利にもかかわらず、コボルトたちは部屋の中央に近づいてこようとしない。臆病な種族なのは聞いているが、それにしても様子がおかしい。
宝箱を開けた時から、何かに怯えているような仕草を見せている。
コボルトの視線はもはやフリーダを見ておらず、この短剣に注がれている。
フリーダはコボルトたちの動きに警戒しながら、短剣を鞘から抜いてみる。
現れたのは、妖しく乱れた積層模様の諸刃だった。
鍵開けの際に使った≪光源≫の魔法の光が反射して、より一層妖しく煌めいている。
コボルトたちは驚いたようにたじろぎ、首を左右に振り始めた。
しばらく何かを探すような仕草をした後、一匹また一匹と慌てて部屋を出ていく。
「どういうこと?」
恐る恐る部屋の出口に近づき、聞き耳を立てる。
コボルトたちの足音はどんどん遠ざかり、何も聞こえなくなった。
部屋から顔を出してみるが通路には誰もいない。
「助かった」
全身から力が抜け、床にへたり込んでしまった。完全に腰が抜けた。
それにしても、なぜコボルトたちは突然いなくなってしまったのだろう。
フリーダは短剣の美しい刀身を眺めながら考えたが、何も思いつかなかった。
台座の上の木箱を調べてみたが特に変わったところはない。
この短剣の美麗な装飾にそぐわない、ただの木箱だ。
やはりこの短剣には何らかの力が宿っているのかもしれない。
魔法の力が込められた道具や武具は、とても珍しいもので高価な値が付く。
地上には物体に魔法の力を付与できる者は存在しないが、ダンジョンなどではごく稀に発見される。
この短剣はかなりのお宝なのではないだろうか。
短剣を鞘に戻し、ふところにしまう。
お宝も手に入れたことだし、何とか地上に帰らなければ。
このままでは死ねない。
野盗になるのが嫌で、飛び出した故郷と家族の顔が浮かぶ。
あそこに私の幸せはない。
フリーダは壁につかまりながら、ようやく立ち上がり、部屋を出た。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます