不遇職の女盗賊が幸せになりたいと思うのは間違ってますか?

高村 樹

第一章 女盗賊は不遇

第1話 まあ、しょうがない

それは木箱だった。

華美な装飾も何もない素っ気ない外見。

大きさは生まれたての赤子ほどの大きさで、鍵穴が付いていた。

鍵穴は縦長で、円に台形がくっついたような形をしていた。 

フリーダは罠が仕掛けられていないか慎重に確認しながら、鍵穴を覗いてみる。

鍵穴は奥が円筒形になっていた。特殊なタイプの鍵ではない。よくある形状の鍵ではあるが手持ちの道具ではなかなかに難しいかもしれなかった。

開錠部分は奥についており、ピックなどでは相性が悪い。

奥の形状が直接見えているのが救いだった。


「闇夜を照らせ≪光源≫」


≪光源≫は魔法使いでなくとも使うことができる生活魔法の一種だ。

鍵穴を覗く際など、初歩的な魔法ではあるが盗賊にとっては必須のスキルだ。

≪光源≫の位置と明るさを調整して、奥を覗きやすくする。


「おい、何をしている。まだ宝箱は開かないのか」


アダンの焦った声が聞こえる。

アダンはこのパーティのリーダーだ。

彼が生まれ育った村の教会の神父が「アダンは勇者である」という神託を受けたとかで、勇者アダンと自ら名乗っている。

その村の若い男十人集めたら、一番かっこよくて、一番強いみたいな感じだと思う。


「おい、このままではモンスターに囲まれてしまうぞ」


恵まれた体格の割には小心者のラモンが野太い声で叫んでいる。

ラモンは重い金属製の鎧で全身を固めた戦士だ。いつも汗臭い。

迫りくる犬の様な頭部を持った小柄な半獣半人たちを自慢のアックスで威嚇する。


「何のろのろやってんのよ。早くなさい」


耳元で集中を乱し続けてくれているのは魔法使いの女、ブリタ。

厚化粧と無駄なアクセサリーの多さがチャームポイントだ。


「宝箱なんて、もう置いて逃げましょう」


アダンにしがみついて、胸を押し付けているのが、擦り傷くらいならたちどころに直してしまう聖女パメラ。フリーダと同じパーティの最年少十七歳だ。長いブロンドの髪に白い肌、美しい顔立ち。パーティの男衆が時折、いやらしい目つきで見ているのも仕方ない。


だがしかし、宝箱をおいて逃げるなど言語道断。

ダンジョンの探索を主な活動と定めている冒険者にとって、宝箱は一番重要な収入源だ。モンスターがドロップするアイテムや魔石などはたかが知れている。


比較的小さくて、浅いダンジョンの地下三階で見つけた小部屋。

扉は隠し扉になっており、中は手付かずの状態だった。

がらんとした室内に宝箱が一つ。

小部屋の中央の台座に、この地味で飾り気ない宝箱はあった。


ここまでのところ他に収穫は無く、これを置いて帰ってはパーティは大赤字だ。

このダンジョンに潜るための装備、食料など経費の回収ができない。


道具が入った革袋から針金を取り出し、開錠部分の形状に合わせて、鍵を形成する。

何度も入れて回してみては、調整し直しを繰り返す。

初見よりも複雑な構造だった。

微妙な角度が付いていて、その調整が上手くいかない。


もう少し、あと少し。


焦る気持ちを抑えながら、作業を続ける。


「え~い、もう我慢できん。お前は今日でクビだ」


リーダーのアダンの声が聞こえ、パーティの皆が部屋を飛び出していく。


カチッ。


鍵が開いたのはそのすぐ後だった。


振り返ると仲間たちの姿はなく、部屋の入り口から二匹のコボルトが入ってきた。

さらに悪いことに、入ってきたコボルトの後ろには、まだ数匹いるような気配を感じた。


一匹くらいならどうにかなるかもしれない。

だが、フリーダは戦闘職ではなく、パーティから見捨てられることはすなわち生命の危機に直結する。


今所属していたパーティは、加入してから日が浅く、仲間たちについてあまり好感を持つことは出来なかった。

それは他のパーティメンバーにとっての自分も同じだったのだろう。


彼らは同郷で旅を共にしてきた仲間と聞いていた。自分はあくまでも欠員を埋めるためだけの存在だ。


見捨てられたとしても仕方ない。


彼らはただの他人なのだ。


宝箱に固執し、判断を誤った。


自分が悪い。


 

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