人生履歴

有栖川ヤミ

第1話 死んだ彼女


「メガロドンに会いたい」、それが彼女の口癖だった。彼女は不思議な子だった。

「メガロドンて…会ったら食べられちゃうよ」

僕が言うと、

「それでも良い」

きみは笑ってたっけ。

皮肉なことに、彼女は僕より巨大なサメの方を選んだ。海に遊びに行って1年経つが、いまだに海から帰ってこないのだ。彼女の親族は黒い服を着て、空っぽの棺を前に泣いていた。遺体は見つかっていないから、僕は彼女がメガロドンと一緒に生きることを選んだと思うことにした。メガロドンなんかいない?…いや、悪魔の証明は出来ないよ。


「ねぇ、やっぱり夕夏に会いたいなぁ」

僕は広くなった部屋で呟く。

「すみません、よく分かりません」

Siriが無機質な声を響かせて応えた。

「分からないのは僕もなんだけどな」

独り言が壁に消えていく。夕夏の本質的な部分はガラスみたいに脆かったのだろう。こんなに好きなのに、崩れていくのを止められなかった。結局のところ人間って、凄く虚しい生き物なんだろう。その虚しさをいかに誤魔化しながら生きていくかって話なんだろう。僕にはもう無理だよ、自分の中の空白を夕夏で埋めてきたんだから。心なんて臓器は実際にないから切除することが出来ない。だけど、心がある限り僕は生きていけない。この矛盾をどうやって殺せば良い?


 夏も終わりだと言うのに、海に来た。夜空の藍と海の青が、混ざり合うことなくそこにはあった。何も考えず沖へ進んでいく。足が冷たい。意識がぼうっとする。全身の力が抜けていく。もうだめだ、と思った。

俺はここで青になるんだなと思った瞬間、意識が途絶えた。


「ーーたさん、ふゆたさん、聞こえますか?」

突然の光に目が眩んだ。ここは何処で、俺は誰なんだろう。冬田?それとも、冬太?

どちらにしろ全くピンと来ない。覚えがない。

「あなた、溺れて沖に流されたんですよ」

「さっきまで海に居たってことでしょうか?」

「え?」

「憶えていないんです、何にも」

「…CT検査しましょう。」

それからは話がとんとん拍子で進み、僕はしばらく入院することになった。看護師から聞いたのだが、僕は天涯孤独で、友達もほとんど居なかったらしい。スマホの電話帳を開くと、登録されているのは何と3人だけだった。え、これスマホ持ってる意味あるのか?その中に女の名前を一つ見つけた。夕夏…彼女か何かだろうか。その割に着信履歴がないな。元カノか?

「まぁどうでもいいか」

今までの人生を何にも覚えていないから、自由に生きていけるような気がした。



  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

人生履歴 有栖川ヤミ @rurikannzaki

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ