第78話 再会 2
ホテルで一睡もせぬまま一夜を過ごしたヒサリは、外が明るくなってきた頃、鏡の前でゆっくりと身支度をした。鏡に映る自分の姿がひどくやつれているような気がした。
(いやだわ。マルにこんな姿を見られるのは)
しかし物思いにふけったまま鏡の前に立ち竦んでいるわけにもいかない。もともと化粧はしないヒサリだったが、長い髪を梳いて後ろできっちりと一つにまとめ、服の乱れが無いかを念入りに確かめた。身支度を終えたヒサリは、ホテルの前で車を拾った。「タガタイ第一高等学校まで」
と告げると、運転手の弾むような返事が返って来た。
「ほう、あそこは今日が卒業式ですが、どなたか生徒さんにお知り合いでも?」
ヒサリは運転手の言葉にいくらか気分が浮き立つのを感じた。
「小学校の教え子が今日卒業したので、私は来賓として招かれたんです」
「なんとなんと! それはまた、名誉な事だ!」
ヒサリの胸は、朝日が昇ると同時にぐんぐん上昇しつつあるタガタイの街の熱気に膨らんだ。そこにはいくらか誇りが混ざっていた。しかしやがて、まっすぐに見据えた視線の先に石造りの牢獄のような校舎が見え始めた時、ヒサリは心は雲が寄るように重くなってきた。あの子はかつてどんな思いであそこの門をくぐったんだろう? その時はどんなに恐ろしかっただろう?
ヒサリはタガタイ第一高等学校の門の前に降り立った。ヒサリは門の前で守衛に卒業式の招待状を見せて、中に入った。来賓の者は卒業式が始まるまでに、寮の面会室や中庭で卒業生と会う事が許されていると告げられた。卒業式が始まるまで、まだいくらか時間があった。ヒサリは寮の建物に向かって歩みを進めた。
寮の中庭には、既に卒業生と彼らを取り巻く家族や親類と思われる者の塊があちこちに出来ている。新聞等の写真で顔の知られる政治家や高級官僚や財界人の姿も見受けられた。この学校の生徒はそういった人々を親族に持つ者がほとんどなのだ。彼らの姿は中庭に佇む石像のように整然としていた。生徒達には、若さや男子の集団に特有の騒々しさといったものはみじんも感じられなかった。マルには卒業式にやって来るような家族もいないため、恐らく自室で卒業式までの時間を過ごしているのだろう。ヒサリはゆっくりと歩みを進めつつ、マルが青春を過ごした日々に思いをはせるように、寮の建物や中庭を見渡した。
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