第63話 罰を受ける 5
翌朝、マルは再び決められた時刻に教務室に赴き、扉を叩いた。
「ハン・マレンです」
「入りなさい」
扉を開けると、テセ・オクムが一人、大きな椅子に背中をもたれ、くつろいだ様子で膝の上に乗せた子猫を撫でまわしていた。テセ氏の大きさと子猫の小ささは滑稽な程対照的だった。マルは一度息を吸い込み、それからテセの前に進み出た。
「期待を裏切るような真似をして申し訳ありません。深く反省しています。ピッポニアの本を読むという事の重大性を十分認識していませんでした。私は軽率な人間です。この学校にはふさわしい者ではありません」
マルはそう言って、昨夜書き上げた手紙を差し出した。テセ・オクムは猫を膝に乗せたまま手紙を開き、しばらく中を見ていた。猫が手紙の端を盛んに引っ掻いている。
テセは再び顔を上げ、マルの方を数秒間じっと見ていた後、口を開いた。
「君は確かにピッポニアの本を読むという重罪を犯した。しかしその罪を贖う方法はただ一つ、しっかりと勉学にはげみ、立派にこの学校を卒業する事だ」
「でも……!」
「いいかね、この事は君だけの問題ではない。君の故郷の村の、ひいては南部アマン人全体の名誉に関わる事だ」
その名誉に自分は価しない、とマルが言いかけたが、テセはさらに言葉を畳みかけた。
「この度の君の過ちは、君自身の行いによって贖う事が出来る。しかしそれをしなければ、君は汚名を着たままだ。そして君に良からぬ思想を吹き込んだとして、オモ先生にもなんらかの処分が下る事になるだろう」
予想だにしなかった言葉に、マルは息が詰まりそうになった。
「オモ先生は何の関係もありません! オモ先生からピッポニアの本を勧められた事は一度もありません!」
「教師の責任というのはそれほど重いのだ。君が誤った思想を持ったとしたら、君の人格を作った教師は必ず責任を問われる。オモ先生は教師を辞めなければならんだろう」
マルは呆然とした。
「分かりました。それなら……」
マルは俯いたまま小声で呟いた。
「ならば、私の処分はどうなるのでしょう」
「君は卒業まで全ての試験を受ける事が出来ない。タク・チセン君も同様だ。君達の成績は最終的に授業態度と課題の提出によって判断される」
なんだ、それだけか、とマルは拍子抜けした。
「君は軽い処分だと安どしているかもしれないが、そうではない。我々はタク・チセン君が首席、君が二位でこの学校を卒業すると思っていた。本校を成績上位で卒業する事は、生涯付いて回る名誉だ。君達はそれを失う事になる」
マルは項垂れたまま言葉も無かった。自分の名誉など、どうでもいい。タク・チセンを巻き添えにしてしまった事が、ただただ申し訳無かった。
やがてタク・チセンと他の教官達が入って来て、再度、先程テセから言われた処分が申し渡された。マルは顔を上げてタク・チセンの顔を見るも出来なかった。
「それで、授業には参加出来るのですか?」
タク・チセンの口調は相変わらず淡々としていた。
「それは問題ない。これまで以上にしっかり勉学に励みなさい」
教務室を出たマルは、タク・チセンより少し遅れて教室に向かって歩いていたが、やがてその大きな背中に向かって言った。
「あの……」
タク・チセンが足を止めた。そしてマルの方に首を向けた。
「お前の言いたい事は分かっている。自分のせいで俺が罰を受ける事になった、ごめんなさい、だろ。俺はそんな戯言は聞きたくない。俺は自分の信念に従って行動している。誰の犠牲にもなっていないし今後もならない。たとえ俺が死んだとしてもだ。二度と俺に謝るな!」
タク・チセンはそのままさっさと歩いて教室に向かった。
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