第56話 タガタイの街 3

次の休日、マルはさっそくシンと一緒に学校の近くの大通りまで出て、オート三輪を拾った。マルは、オート三輪の運転手がわざわざマルとシンのために扉を開け、

「お乗りください、お坊ちゃん!」

 と言った事に驚いた。かつてスンバ村で、ヒサリ先生の妹のランに連れられ、馬車の荷台に乗せてもらおうとしたところ、「荷台が腐る」などと言われたのとはなんという違いだろう!

(そうだ、あの頃おらは醜いイボを着ていたけれど、今はタガタイ第一高等学校の制服を着ているもんなあ。でもおらの中身は、何一つ変わってないっていうのに)

 そう思うと何だかおかしかった。

シンと運転手は、さっそくお喋りを始めた。シンが町のいろいろな場所についてあれこれ尋ね、運転手が軽快に答える。マルは二人のそんなやり取りを聞きながら、無我夢中で回りの様子を眺めていた。スンバ村からアロンガまでの道のりは、ずっと田んぼや木立ちが続いていたけど、今日目にするのは建物が隙間なく立ち並んだ道だ。しかもスンバ村で目にしたような竹を組んだ茅葺ぶきの家ではなく、まるで地主様やパンジャのとこみたいな立派な家ばかりだった。そして石畳の道には、オート三輪の他に馬車やまるで水牛に車輪を付けたなかのような「自動車」が滑らかに行き交っている。それらの乗り物や人々は、まるでぶつかりそうな勢いで接近しつつ、ぶつかる事無く互いに互いをよけながら見事に目的地に向かって行く。マルはその様子に感嘆しつつ、無我夢中で目を見開いていた。

それは想像を遥かに超える光景だった。アロンガで目にしたよりも高い建物が、森の木々のように高々と天に向かって伸びている。あのてっぺんは天に頭が付いているのではないか? 建物の隙間で、太陽までが遠慮がちに見える。通りも建物も、アロンガのようなどこかしっとりとした落ち着きは無く、巨大なカオスであった。人の数もアロンガで目にしたよりもずっと多く、しかも激しい潮流となってものすごい速さで動いている。あちらには大きい渦、こちらには小さい渦。建物はレンガ造りか石造りのものばかりだった。どの建物にも派手な看板が付いていて、マルは最初看板の文字を読む事に必死になっていたが、そのうち、頭がクラクラしてきた。シンと共にオート三輪から降りた後も、ただ周りを見回しながらぽかんと開いた口にしきりに飛び込む香辛料の混ざった味の空気を飲み込むばかりだった。

「さあ、行こうぜ。まずはタガタイ名物の『ゴネア』を食いに行くぞ。うまい店を知ってるからな」

 シンが歩き出した後について、マルは歩いた。

それにしても大変な人ごみだった。マルはタガタイ第一高等学校で周囲の人をよけながら素早く歩く事にだいぶ慣れてはきたものの、それでも何度も人にぶつかりそうになった。

 やがて、「書店」という大きな看板を掲げた店の前で、マルは足を止めた。ガラスをはめた大きな窓が付いていて、その向こうには台の上に並べられた雑誌、さらにはその奥に学校の図書室のようなたくさんの書棚とぎっしり詰まった本が見える。。

「シン! ちょっとあそこに寄ってみたいんだけどいいかな!」

「おいおい、町にまで来て本屋かよ! もっと面白い場所はたくさんあるぜ!」

「じゃあ後でいいよ。どんな面白い所があるの? 連れてってよ」

「そんじゃひとまず、映画館はどうだ」

 映画館! マルはその言葉を聞いて興奮した。映画については、モク・イアンからいろいろ聞かされていた。ピッポニアの映画はものすごいとか、お芝居では一つの場面で話が続くけれども映画は場面が次々移り変わるとか、きれいな女優の顔が大映しになったり空を飛んだり本物の戦車が出て来たりやりたい放題だ、しかし今ではピッポニアの映画は禁止になり、カサンのつまらない映画ばかりやるようになった、などと……。マルは話を聞きつつ、女優の顔がどうしたら大きくなるのか、どういう仕掛けで物が飛ぶのか、見当もつかなかった。面白いかどうかはともかく映画というものをぜひ一度見てみたいと思っていた。

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