第55話 タガタイの街 2
学園の生徒達は、一、二年生期間は、学園の外に出る事もままならなかった。基本的には年に二回、海と山のキャンプに行くのと、軍の施設や病院などに社会見学に行くこと、学校指定の音楽会や観劇会に行く事しか認められていなかった。
体を鍛える事を目的としたキャンプはマルにとって地獄そのものだった。恐ろしい教官達の監視下の音楽会や観劇会は、スンバ村のロロおじさんの所の見世物とは違い、全く楽しめるものではなかった。
「タガタイ第一高等学校なんてふざけた名前だよな。こんな場所にいたら俺達はタガタイにいるのか月にいるのかも分からねえ!」
シンが言った。
「でも、三年生になったからいよいよ、タガタイの町を見に行けるんだよね。楽しみだなあ。おら、小さい頃、南部のアロンガの町をちょこっとだけ見た事がある。でもタガタイはそこよりずっと大きいんだよね」
「ああ、でかいぜ! そして俺はそのタガタイの事を何でも知ってる。タガタイってのは俺にとっては庭みてえなもんだからな」
シンは言った。
「お前の行きてえ場所に案内してやるよ」
「おら、見世物小屋に行ってみたいなあ」
「連れてってやるとも! お前が行きたけりゃ女遊びする場所や玉突き場にも連れてってやるぜ」
「シンはそういう所に行ったことがあるの?」
「俺はどんな所にでも行ったさ!」
マルはシンの話を聞けば聞く程、タガタイの町に遊びに行きたい、という気持ちが募ったが、タガタイ第一高等学校はタガタイの町の外れにあり、繁華街に遊びに行くためにはオート三輪を呼ばなければならない。そのためにはお金がいる。他の生徒達はみんな実家から送金されてお小遣いを持っているが、マルにそんな物は無かった。
「おっ、金が心配か? そりゃ大丈夫」
シンはそう言って、マルに紙に包んだ硬貨を差し出した。
「これ、お前の分な」
「ええ!」
「そんな顔すんなよ。俺がただで恵んでやると思うか? こりゃお前の金さ。お前がこれまで色々書いて俺に寄越した面白おかしい物語、あれ、誰にでも見せていいって言ったよな」
「そうだけど……まさか!」
「あれ、下級生の何人かに見せたんだよ。そしてもしちょっと金を出すなら続きを見せてやってもいいって言ったら、読みたいって奴が何人かいてね。あのゴミ捨て場で男を抱いてる大女の話なんてみんな大喜びだったぜ! 別にいけねえことないだろ? お前は故郷の村でいろんな話をして金を稼いでたんだろ?」
「それはそうだけど」
「これだけ金あれば、町に行って玉突き場だの劇場だの好きな所に行けるぜ! 大したもんだよ、お前は!」
マルは思った。シンはマルが故郷で歌物語をして投げ銭をもらっていた事を知っている。妖怪から聞いた言葉を語る卑しい物乞いだった事を知っている。にもかかわらず自分を軽蔑することなく、逆に褒めてくれる。
(シンもきっと妖人なんだ。ナティやその家族みたいに、妖怪ハンターなのかもしれない)
マルはその事をこれまで何度かシンに尋ねたが、いつもはぐらかされてしまうのだった
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