第54話 タガタイの街 1

タガタイ第一高等学校は四年制である。そして学年が上がるにつれて、生徒達には少しずつではあるが自由が与えられる。

 三年生になると、マルとシンを苦しめていた上級生達は卒業し、同室に下級生達を迎え入れる時期となった。

「ねえ、シン」

 マルは言った。

「おら、下級生に服をたたませたりしたくないんだ。部屋も半分ずつ掃除すればいい。おらがスンバ村にいた頃はダヤンティっていうおばさんがそういう事やってくれた。彼女が楽しんでやってたから。でもここでは下級生達が嫌がる事はさせたくないな。おら、今すっかり慣れて、部屋の掃除をしながら埃の妖怪がお喋りしてるのを聞くのが楽しい位だよ」

「賛成だ。俺も下級生にそんな事はさせたくねえ。それよりかわいがっていろんな事教えてやりてえな」

「そうだね。勉強も少しは見てあげられるし」

「女の事とか酒の事とかな」

「そっち!?」

「だってそうだろ。男の先輩に教えてもらいたい事といえばまずそこだろ? 違うか?  だがなあ、相手がこっちをどう思うかな。カサン人のうり坊君なら俺らを『土人先輩かよ』って見下すかもしんねえし、アジェンナ人の貴族様なら鼻持ちならねえ糞憎たらしい奴かもしれねえ」

「気が合わないなら放っといて、後輩たちの好きなようにさせたらいいよ。とにかく、何か指図したり、おら達のやり方に従わせるような事はしたくないんだ」

「おい、マレン、そういえばお前いつだったか、俺の事、革命家じゃねえかって尋ねたことあったよな」

「ええっ、いやあの、それは……」

 マルはすっかり慌てた。確かに寝台に横になっているシンにそう尋ねた事があったが、返事が無かったため、てっきり寝込んでいて聞こえていなかったものと思っていたのだ。

「でもな、俺は今のおめえの話を聞いて、おめえこそ革命家じゃねえかって気がしてきたよ」

「ま、まさか!おらがどうやって武器を集められるっていうの? 人を殺すなんて出来っこないし、社会を混乱させようとか王様を倒そうだとか、そんな事これっぽっちも考えてないよ!」

「でもな、おめえもカサン帝国の価値観で一番大切なのが上下の秩序だって事は分かってるだろ?」

「分かるけど」

「おめえはそれを崩そうとしてるんだぜ?」

「そんな! それとこれとは全然!」

「そんなにムキになるなよ。誰にも言いやしねえ。俺も後輩達に威張るよりは楽しくやりてえんだよ。いいじゃねえか。革命。誰を傷付けるでもなく、ゆるーい革命、俺達でやっちまおうぜ!」

 シンがマルの肩をポンポンと叩いた。


後輩のうち一人はアジュ系のアジェンナ人、一人はカサン人だった。彼らはアジェンナ人の先輩達にいきなり笑顔で迎えられ、ひどく面食らった様子を見せたが、シンがさっそく寝台に座ったまま、

「まあ座れ」

と言って二人を両隣に座らせ、馴れ馴れしく後輩達の肩に自分の長い腕を回して

「お前、女と付き合った事あるか?」

などと喋り出すとあっという間に打ち解けた。マルは早くも女の話で盛り上がっている三人の男子の様子をあっけにとられてながめていた。

つい先日まで緊張感に満ちていた部屋は笑いが絶えなくなり、耳の良いマルが見張りの教官の足音を聞きつけては皆に声を抑えるように注意しなくてはならなかった。後輩のうちカサン人はワック・リム、アジェンナ人の方はコイ・タイという名だった。二人はシンよりも静かで控えめなマルにもいつしかすっかりなつき、宿題の分からない所などをたずねてくるようになった。

「お前ら! ハン・マレン先輩は学年で一番カサン語の成績がいいんだぞ! その先輩に教えてもらえて、自分らどんだけ恵まれてるのか分かってんのか?」

 シンが言うと

「ええ、ええ、分かってますよ! いずれ恩返ししますよ。出世返しで。マレン先輩、いいでしょう?」

 お調子者のワック・リムがさっそくおどけた調子で言う。

「君が大物になる日を待っているよ。大して期待はせずにね」

 マルは笑いながら答えた。

「お前ら! きっと社会に出たら苦労するぜ。俺達みたいなユルい上司、世のなかにいないからな」

「あっ、それは分かってます。その辺はうまくやりますよ」

 そんな軽口をたたき合う関係は、恐らくタガタイ第一高等学校学生寮史上初めてだったろう。そして、不思議な事に後輩達は二人共成績が良かった。

「俺達、ほぼトップですよ」

 二人はそう言ってテストを見せつつ、先輩に褒められるのを待つのだった。シンはマルに言った。

「こんなにのびのび勉強出来るのはここじゃあいつらだけだもんな。それに先輩のための余計な雑用も免除。そりゃ成績も上がるさ。先生に怯え、先輩に怯えてたんじゃ、頭が固くなって本で読んだ事もまともに頭に入らねえからな!」

 マルはこの時思った。スンバ村にいた頃、ヒサリ先生がどれ程生徒達に気を配って勉強しやすい環境を整えてくれたか、と。居心地の良い馬小屋の藁の中で、マルは好きなだけ本を読み、書き物をし、ラジオを聴くことが出来た。ヒサリ先生の厳しさは、今思えばマルのとりとめなくどこかに飛んで行く心を引き締めるスパイスのようなものだった。ここでの鞭をふるい大声で怒鳴る教官達の厳しさとは全く種類の異なるものだった。オモ・ヒサリがどれ程優れた先生だったかという事を今にしてつくづく思うのだった。

(そうだ。確かにヒサリ先生は立派な先生だった。それは認める。でも、だからといっておらはヒサリ先生の裏切りを許したわけじゃない……!)



 

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