第44話 トップ争い 5

成績で目立つようになってからも、マルはカサン人の生徒達に虐められることは不思議と免れていた。

「ハン・マレン! 君がなぜいじめにあわないか、君は分かってるかい?」

「分かってるよ。多分、君が側についてるから」

「その通り! だがな、それだけじゃねえ。アジェンナ人のお前がカサン語を必死に勉強しているのを見てカサン人連中は満足なのさ。お前のカサン帝国への忠誠心とカサン帝国への愛を目の当たりにしてる気がしてね。お前がカサン語を頑張れば頑張る程、カサン語もカサン文化もカサン人もスゴイんだ……て、連中はそんな気にさせられるんだよ!」

「そうなのかなあ……」

「でもお前は自分が生また時から喋ってる言葉や土地に伝わる歌や物語もいいもんだと思ってるだろ?」

「そうだね。中には下品な物もあるけどね」

「連中にはそっちの方は見えてねえわけさ。お前は全てをカサンに捧げているわけじゃない、お前の心の半分はアジェンナにあるって事がな」

「ああー、それにしてもなんだかほっとした! カサン語でおらがいい成績取ったら、カサン人がいい気分になるって知って」

「お前が羨ましいよ。俺の持ってる物は、人の嫉みを買うだけだからなあ~。なあ、マレン、俺がなんで猿の面ずっと付けてるか分かるか? それは俺がハンサム過ぎるからだよ。それこそ、女という女が俺に夢中になる。全男を敵に回しちまうときたもんだ」

「ねえ、その自慢の顔をちょっと見せてよ」

 マルが笑いながら言った。

「いずれな。今はまだだ」

「どうして? おら、君に嫉妬したりしないよ。おら、自分がハンサムじゃない事位分かってるもん。ああ、それにしても君の話を聞いてるとつくづく、自分がハンサムでなくて良かったと思うよ!」


月初めの全体朝礼で、恒例の成績上位者の発表があった。数学の成績トップはタク・チセン。続いて呼ばれた名は「ネイ・ワン」だった。進み出た少年の後ろ姿を見て、マルはハッとした。それはエルメライだった。

「次にカサン語の上位者。一位、ハン・マレン」

 マルは慌てて前に進み出た。エルメライの横に立った時、ひどく緊張した。エルメライがチラリと自分を見たのが分かった。カサン語の二位はいつもの如くタク・チセンであった。メダルを授与され、生徒達の列に戻る間、後ろについてきたエルメライがそっと囁くのが耳に入った。

「君は南の出かい? アマン人じゃないのかい? なあ、返事してくれ!」

 マルは聞こえないふりをして振り向かなかった。

 マルはその日一日じゅう悶々として過ごした。授業がほとんど耳に入らなかった。負けず嫌いのエルメライのことだ。勉強を必死で頑張っているのだろう。その事をカサン人に嫉まれ、いじめられているんじゃないか。そして彼には守ってくれる友達もいないのだろう。そして、学校でたった一人の南部出身のアマン人らしいマルと、切実に話したがっている。……でも、どうしたらいい? もし、彼が自分の正体を知ったら、「ハン・マレンはイボイボ病を患っていた卑しい妖人の物乞い」と周りに言いふらすのではないか……? しかしそんな事を気にして同じ村の出の彼を無視した自分が、つくづく惨めで情けなかった。

 数日後、マルは食堂で昼食を取っていると時、再び背中からエルメライに声をかけられた。

「ねえ、どうして返事しないんだい? 俺のことが嫌いか? 君は南部の出身だろう? アマン人だろう? どこの村の出なんだ?」

 マルは相手の熱のこもった視線を見返した。今度ばかりは、彼から目を逸らす事は出来なかった。しかし何と言葉を返して良いか分からない。

「…………」

その時だった。マルの横に座っていたシンがいきなり、

「ああ、君ィ~!!」

 と言うなりすごい勢いで喋り出した。

「南のスンバ村の村長の息子だろ! こいつから色々話は聞いてる。君はこいつにここで初めて会ったと思っているか知らんが、君の知ってる男さ! 村の誰もが知る歌の名手だったんだからな! だが分からねえのも当然さ! このかわいい顔は、ちょと前までイボに覆われてたんだもんなあ」

「もうやめて!」

 マルはいたたまれず立ち上がり、シンの口を手で覆った。

「やっぱりそうか。なんとなく、そうじゃないかと思ってはいたが」

 エルメライは言った。

「こいつは本当にいい奴さ! お前がてっきりいじめられてるんじゃないかと思って心配で、ほら、食事も喉を通らない有様さ!」

「余計なお世話だ。俺はいじめられてなんかいない」

 エルメライは顎を突き出して言った。

「それより君は、どうして猿の面を付けてるんだ」

「美男子なもんでね、俺に惚れる男が出て来ちゃいけねえからなあ。ほら、こういう男ばっかりの場所ってのはそういうのが多いだろ? おっと! お前も見た所、そっちの気があるらしいな! だけど残念ながら俺が好きなのは女さ! 狂ったように好きさ! 女なら年も関係ねえ! 八十の婆さんでも妖怪でも構やしねえ! 俺はな、猿の精のボスと猿の娘を巡った争って勝った男さ。ここにいるハン・マレンは逆さ。女という女がこいつの虜だ。なんせ魔女にまで好かれてイボまでもらっちまう位だからなあ。それで、こいつも女に好かれてまんざらでもねえって思ってる。残念ながらこいつはお前の想いにゃ応えられねえぜ。でもな、困った事があれば俺に言って来な。俺が守ってやる。なんたってお前はハン・マレンの同郷だからなあ!」

「おい、そこの者! 静かにしろ!」

 壁際で棒を持って見張りをしている男がいきなり怒鳴った。シンは肩をすくめた後、エルメライの肩をポンと一つ叩き、そして立ち上がった。エルメライは少しの間、マルの顔をじっと見返していたが、やがて席を立った。マルは、自分の正体を知った彼の目に予想していたような嫌悪感が浮かんでいない事にほっとした。そしてエルメライが相変わらず気位の高い様子を見せた事、さらにシンが、これからエルメライの身に何か起こったら助けてくれるだろうという事を思うと、ここ数日の胸のつかえが下りたような気がした。

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