第40話 トップ争い 1
マルがタガタイ第一高等学校で学び始めてから、数か月が過ぎた。
柔らかい藁の中で妖怪達の話を聞いたり、ヒサリ先生や友達の声を聞いている夢から目覚め、寝台の固さと空気の重さを感じる度に、
(ああ、早く一日が終わりまた夜が来ないか)
と思うのだった。ここでの月日は、マルに「慣れる」という事を許さなかった。
(恐怖と苦痛は朝ごとに新しい)
毎日が暴力と怒鳴り声に満ち満ちていた。ここの校則では、「いじめは厳禁」という事になっている。しかし教師自ら率先して生徒に暴力をふるい怒鳴りつけているのだから、何をかいわんや、である。
(ここは石に囲まれた牢獄だ)
マルにとっての救いは図書館の数えきれない本、そしてシンとニアダの存在だけだった。
ある日、マルはシンから言われた言葉に仰天した。
「お前はいいなあ。あんまり殴られねえもんなあ~!」
「そう!?」
「何驚いてんだよ。お前、気付いてないのかよ!」
「そうかなあ……でもおら、人が殴られてるのを見ても、自分が殴られてるみたいに怖いし痛いし耐えられないよ」
「おいおい! 面倒臭い奴だな。人の分まで痛がってどうするんだ。あー、殴られるのが自分じゃなくて良かった! って思えばいいじゃねえか」
「そんな事、どうやって思えばいいの?」
そう返しつつ、マルは確かに、自分は他の生徒に比べ不思議と殴られたり怒鳴られたりする事が少ないかもしれない、今さらながら思った。その理由については、自分なりに思うところがあった。
(きっと、おらのカサン語の使い方だろう)
他のアジェンナ人の生徒は、カサン語が出来るとはいっても、知らず知らずのうちに「生意気」な言葉遣いをしてしまい、それがカサン人の先輩や教官の逆鱗に触れるのだ。マルは文学作品が好きなため、「生意気に聞こえない」細かな言葉のニュアンスや言い回しが分かる。そのためカサン人や教官の前ではわざとへりくだった控えめな言葉を選んで話すように気をつけていた。
さらに、他のアジェンナ人の生徒のほとんどが貴族の子弟であるのに比べて、卑しい身分の自分は物腰や態度がいかにも卑屈であるため、カサン人のプライドを満たしているんではないか、と思った。
(こんな自分は好きじゃない。嫌だ。ナティがこんなおらを見たらどう言うだろう? 『堂々としてろよ!』ておらを怒鳴りつけるだろうな)
マルにとって何よりも気になったのは、タク・チセンの目だった。いつでも冷静で何物も恐れていないように見えるタク・チセンは、小心者で強い者の前にいつも怯えている自分を軽蔑し切っているのではないか。そう思うとマルはただただ苦しかった。
(ああ、おら、本当は歌物語の中の英雄みたいに、何も恐れない、強い男になりたいのに……)
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