第35話 ヒサリの気がかり 1

ヒサリが授業を終え、子ども達が帰った後、床を掃いて乱れた机と椅子をまっすぐに直していると、教室の外から声がした。

ヒサリが顔を上げると、壁の無い教室の外にはテルミが立っていた。彼はアロンガの町にあるカサン軍付属の看護学校に通っているが、休暇を使ってスンバ村に戻って来たのだろう。少し見ないうちに随分大きくなった。かつてはまるで女の子のような少年だったのに、だいぶ男らしくなったようにも見える。恐らくカサン式の厳しい教育のおかげだろう。アマン人の中には女のようにふるまう男性は珍しくないが、カサン人社会ではそれは許されない。

「いらっしゃい。中に入ってここに座りなさい」

 ヒサリはテルミを教室の中に招き入れた。

「どうですか? 元気にしていますか?」

「ええ、何とか。いろいろ勉強出来るのは面白いですが、嫌な事もたくさんあります。やっぱりここで勉強していた時が懐かしいです」

 テルミは軽く溜息をついた。

「大変なのは分かりますよ。でもあなたなら大丈夫。立派な看護師になれます。ダビやトンニの学校からも近いでしょう。時々は会って話をするの?」

「ええ、たまには。十日程前にも会いました。けれどあの二人は、特にダビは、私なんかよりカサン人と一緒にいる方がいいみたいなんです。でも私は、どうしても、カサン人と話をしようとしてもなかなか。やっぱりアマン人とじゃないと仲良くなれません」

「学校にはカサン人とアマン人とどちらが多いの?」

「半々です。でもマルの行った学校はカサン人がずっと多いんでしょ。そしてアジェンナ人もいるけど北のアジュ人ばかりでアマン人はほとんどいないんでしょう? マルは私なんかよりすごく寂しい思いをしてるって思うとつらくて。私も学校でいろいろ嫌な事があるけど、我慢しなきゃって思うんです」

「タガタイの学校にはエルメライも行ってますよ」

「エルメライと仲良くなんか出来るもんですか!」

 テルミは急に言葉に怒りを込めた。

「マルは今どうしてますか? 手紙とか来ていませんか?」

 恐らく、テルミはそれが一番聞きたかったのだろう。

「手紙は来ていません」

「そうですか……」

「心配要りませんよ。恐らくとても忙しいんだと思います。手紙を書く暇も無い位に」

「でも、それじゃあマルはすごくつらい思いしてると思うんです。マルは、何か書いてる時が一番気持ちが落ち着くって言ってましたから」

 テルミはやはり友の事をよく分かっている。

「いろいろ事情があるんでしょう。便りが無いのは良い便りとも言います。彼は賢い子ですから、きっとあちらでもうまくやってますよ」

 ヒサリは自分自身をも到底納得させられない言葉をテルミにかけるより他無かった。

 その後、ヒサリはしばらくテルミと話をした。テルミはアロンガでの学校生活に様々な不満を感じつつも、前向きに頑張っている様子がうかがえた。

「アロンガでは友達が出来ました。みんな平民様なんです! 妖人は私だけなんで。でも絶対この事は秘密です。自分が平民様と友達になれるなんて思わなかった!」

「秘密にしなきゃいけないなんて残念な事だわ。妖人である事は恥ずかしい事でも何でもないのに」

「分かってます。でもなかなか人の気持ちは変えられませんから。仕方無いですよ」

「私はそういう意識を変えたいんです。人々の偏見というものを。私はずっとそんな思いで、ここで教えてきました」

「オモ先生がアロンガの学校で教えてくれたらいいのに。オモ先生程の先生はアロンガの学校にもいません」

 テルミはかつてと変わらない穏やかな笑みを見せながらも、きっぱりと言い切った

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