第34話 友とライバル 9

 寮の部屋で、マルは眠くてたまらない顔を叩きながら机に向かっていた。教練の授業があった後はとりわけ眠い。しかも目の前には、真っ先に片付けなければならない上級生から押し付けられた宿題がある。

しばらく必死でノートに鉛筆を走らせていると、扉を叩く音がした。いつもなら素早く立ち上がって扉を開けるシンが立とうとしないので、マルが立ち上がって扉を開けた。そこに立っていたのはニアダだった。ニアダはマルの顔を見るなり、ニイーッと唇を横に大きく引き、洗濯物の大きな籠をマルの体に突っ込んだ。マルがそれを受け取って少しよろけながら部屋の机の上に置いて振り返ると、ニアダは

「ハン・マレ~ン」

 と歌うように言いながらポケットから白い紙を取り出してマルの方へ突き出した。

(手紙!)

 マルがそれを受け取ると、シンが後ろから覗き込んだ。

「おやおや~? そりゃ女からの手紙か? ハン・マレ~ン、お前もやるなあ、やあニアダ! 今日もきれいだね。俺のことも『タオ・シン~』って呼んで欲しいなあ~」

 ニアダは急に口の両端を横に引いて

「イイイッ」

と言ったかと思うと、シンに向かってアジュ語でやいやい何か言い返した。

「そんな事言わないでよぉ、意地悪だなあ。ニアダに俺と同じ位の年の子どもがいるからってそれが何だっていうの? 俺まだ十六だよ。年上と子持ちを愛しちゃいけないんならこの世のほとんどの女性を愛せないじゃないか!」 

 シンとニアダがこんなやり取りをしている間、マルは無我夢中で四つ折りの紙を開いた。ヒサリ先生の、見慣れた、しなやかであると同時に強い筆跡。

「元気ですか。こちらの方は変わらず皆元気にやっています。そちらの生活はこちらと全く違っていて戸惑う事も多いでしょうが、あなたがタガタイ第一高等学校の生徒に選ばれたのは大変な名誉なのですから、しっかりと前を向き勉学に励んでください。あなたが学校で立派に成長し、ゆくゆくは神聖なこの帝国を担う柱になれると信じています……」

 マルはすべて読み終え、そして紙を裏返した。そして溜息をつき、手紙を机の上に置いた。心の通っていない無味乾燥な手紙だと思った。

(こんな手紙ならもらわない方がよかった! ヒサリ先生の事を思い出してまたつらい気持ちになる位なら!)

 ニアダに振り切られたシンが、扉を閉めてマルの隣にやってきた。

「ああ、たまらんなあ。こんな切ない夜にはお前の書いた詩や物語が最高の慰めだな」

「え」

「さっきまでずっとお前が書いたものを読んでたんだよ。いやあ、最高だ! お前は天才だよ」

「ありがとう。でもそんな、無理して読んでくれることないよ」

「無理じゃねえ! 俺は本は好きじゃねえが、お前の書いた物はすいすい読めちまうんだ! いやあ、なんて俺は幸運なんだ! 俺のハートブレイクをお前がこんなに癒してくれるんだからな!」

「そう……?」

 こう言いつつ、マルは机に視線を落とした。気分は虚ろだった。今、自分は激しく悲しく泣きたい気分だ。こんな自分が書いたものが、自分よりはるかに強くたくましく見えるシンを癒せるなんて、まるで信じる事が出来なかった。

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