第33話 友とライバル 8

マルはその夜、布団の中でなかなか寝付けなかった。

自分にはシンという心強い友がいる。しかし、恐らく誰一人友達がいないらしいエルメライの事を思うと胸が痛んだ。

(エルメライから逃げるべきじゃなかったのかな……正体を明かして、おらの事、もういじめたりしないなら友達になろうって言えば良かった……)

 なかなか寝付けないので、布団の下にランプを引き込み少し本を読もうと思った。その時、本の下からタク・チセンのノートが現われた。マルはその瞬間、この中身を見てみたいという強い誘惑にかられた。人のノートを勝手に見るなんていけない事だ。それは分かってる。でもマルは、どうしてもその欲求を抑え切れず、そっとノートを開いてみた。

そこには、カサンの伝統的な型の四行詩が書かれていた。どれもマルが読んだことのないものだった。マルは興奮した。

(間違いない! タク・チセンがこの詩を作ったんだ!)

 詩の内容は、どこかははっきり分からないが、カサン帝国内の寒村と思われる場所に住む動物を描いたものだった。詩にはそれぞれ短い物語が付いている。動物は皆、どこか人間に似ていて、奇妙で、どこか孤独だった。枯れた土地をひたすら掘り続ける動物、群れからはぐれて、飛ぶ事を忘れてしまった鳥……。

それからは、マルはノートをすべてを読み終えるまで、その手を止める事が出来なかった。ノートを閉じてもマルの興奮はおさまらなかった。

(タク・チセンもおらと同じように詩や物語を書いてるなんて!)

そんな人には、これまで一度も出会った事が無かった。もっともっと、彼と話がしたい、と思った。マルは矢も盾もたまらず自分のノートをちぎって、そこに彼の詩や物語の感想を書いた。そして、自分がこれまで書いたものと一緒にタク・チセンのノートに挟んだ。ヒサリ先生に裏切られて、もう誰にも見せることは無いと思っていた。けれどもその相手が見つかったのだ!


 翌朝、マルの様子を見たシンがさっそく声をかけてきた。

「何だよ、今朝のお前、妙にニヤニヤして嬉しそうだな。さては女の事考えてたな。」

「グフフフ。違う。あのね、タク・チセンがノートを落としたのを拾って読んだんだけど、彼、詩や物語を書いてるんだ。おらの他にそういう事してる人、初めて会ったよ!」

「へえ、つまり一番近くにいる友の俺にそういう趣味が無いから、物足りねえっつーんだな!」

「そんなこと言ってないよう!」

「お前、あいつと友達になりたいとか思ってるか? やめとけ。あいつはカサン人だ。カサン人が俺達をまともに相手にする訳ねえ」

「そんなの分かんないでしょ! シンだって言ってたじゃない。話をするの事が大事だって。どうしてアジェンナ人とカサン人を区別するの? あ、そうだ、シンは以前、女の人なら人種なんて関係ない、誰でも口説くって言ったよね! おらだって、詩や物語が好きな人なら誰とでも友達になりたい」

「お前がそんなに言うんなら好きにすりゃいいさ。あーあ、あいつに冷たくされても知らねえぞ! ウウー、胸が痛くてたまらん! 俺はお前がつらい思いをするのを見るのがつらいんだよー、分かってくれよ!」

「大丈夫だよ。彼はそんな冷たい人じゃない。だっておら達のこと助けてくれたんだもん!」

 教室に着くと、いつものようにタク・チセンは既に最前列の席で教科書を見ながら予習をしている。マルはその大きな背中に近付き、声をかけた。

「ねえ、昨日は助けてくれてどうもありがとう!」

 タク・チセンはゆっくりと顔を動かし、いつものような感情の灯らない目でマルの方を見た。

「ノート、落としてたから拾ったの。返すね。君は詩や物語を書いてるんだね」

「読んだのか!?」

 マルはその鋭い口調にたじろいだ。

「……ごめん。勝手に読んだりして。でも嬉しかったんだ。おらも詩や物語を書いてるんだ。君には動物の話が聞こえるんでしょ。おらには妖怪の声が聞こえるんだ。おら、自分の他にそんな人に会ったことがなくて、ずっと探してたんだ」

 その時、教室に先生が入って来たので、慌てて話を切り上げ席に戻った。


 翌朝、マルは教室に入った瞬間、自分の席の傍にタク・チセンが立っているのに気が付いた。

(!!)

 タク・チセンの表情に、マルの期待したような親愛の情は見られなかった。マルは教室の入り口で一瞬足を止め、それから恐る恐るその大きな体に近付いた。

「君が書いてきたものを返す」

「…………」

 タク・チセンは、机の上にマルが昨日彼に渡したノートを置いた。タク・チセンの棍棒を放り出すようなつっけんどんな言い方が、彼の気持ちを物語っていた。

「君が今後このようなものを書いてきたからと言って、俺が感想を言うなどと思わないでくれ。君は君で勝手に書くがいい。それから、俺には動物だの妖怪だのの言葉が聞こえたことなど一度も無い」

 タク・チセンはそう言い捨てて、さっさと自分の席に戻って行った。マルは呆然とタク・チセンの背中を見詰めた。やがて、がっくりと崩れるように椅子に腰を落とし、返された物を見詰めているうちに、涙が込み上げてきた。

「おい~、泣くなよぉ」

 少し遅れて教室に入ってきたシンの手の温もりを、マルは肩にじわりと感じる。

「ほら、言わんこっちゃねえ。カサン人と俺達はそう簡単に分かり合えねえんえあよ!」

「どうして! おらは彼の書いた詩や物語を読んで、そこに書いてある動物達の孤独だとか情熱にすごく共感したんだ! おらたち、絶対分かり会えるって思ったんだ!」 

「それはな、つまりお前の心が広いってことさ。ところがあいつは図体は大きくても心はノミのようにちっちゃいぜ。まあ、あんな奴気にするんじゃねえや。それ、貸してみ、お前の書いたものは俺が代わりに読んでやるからよ」

 シンはマルの手から、クシャクシャに握りしめた紙を取り上げた。

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