第31話 友とライバル 6


 授業が終わり、寮に戻る時、シンが言った。

「お前すげえな。カク先生に何も言われなかった奴なんて、今まであの眼鏡のでけえのと、お前しかいねえぜ!」

「眼鏡のでかいの……? ああ!」

 シンはタク・チセンの事を言っているのだ。

「しかもお前の朗読があんまり上手いもんだから、先生、質問するのも忘れてたじゃねえか!」

「まさか!」

 しかしマルはシンにそう言われた事は素直に嬉しかった。ヒサリ先生はよくマルの詩や教科書の朗読は上手いと褒めてくれたものだが、ここでもそれが認められたと分かったから。

「上手いったって、ほどほどってことだね。だってここでは、アジェンナ人が目立ち過ぎると怒られちゃうんでしょ」

「いや、ほどほどなんてもんじゃないぜ! カク先生、あんまりお前のカサン語がスゲーからびっくりしていつもの皮肉も引っ込めちまった! 俺はな、お前が力を隠して小さく見せるってのは気に食わねえな。おめえは堂々とカサン語で目立ちゃいいんだ。それで先公や誰かが嫉んでおめえになんかしようとしたら、俺が何とかしてやる」

「そんな、そんなの君に悪いよう。おら、君のために何も出来ないのに」

「気にするこたあねえ。俺はお前を守る義務がある」

「なんで?」

「なんで? なんで、ときたか。それはまあ、おめえが小さくて弱くてかわいいからさ」

「でも……」

 しかしマルが話を続けようとすると、シンは「もうこの話はこれで終わり」とばかりぷいっと横を向いてしまった。


 マルは暇があると図書館に通ったが、やがて図書館の決まった席に常にタク・チセンがいる事に気付いた。それを知った時、マルは興奮した。彼は絵に描いたような優等生だった。どの授業でも、教官に当てられる度に正解を出した。彼が間違うのを見た事が無かった。教官の中にはこの出来のいい生徒を困らせようとしてか、いくらか意地悪な質問をする者もいたが、彼はいつでも淀みなく感情を込めず、まるで目の前の書類を読み上げるかのようにスラスラと答えるため逆に教官達は唖然とさせられるのだった。マルはタク・チセンの言葉にただただ圧倒されるばかりだった。

(まるで彼自身が百科事典みたい……!)

 さらにマルを驚かせたのは、彼がいつでも落ち着き払っていて、教官を全く恐れていないようにふるまう事だった。その余りに堂々とした態度は、教官の怒りを買いかねない程尊大だった。しかし、彼の完璧な回答や教練での優れた体の動きは、教官達に鞭を振るう隙を与えなかった。

さらにマルが彼に興味を持ったのは、彼が図書館で勉強するだけでなく様々な本を読んでいるらしい事だった。図書館に集まっている生徒達は、みな教科書を開いて一生懸命勉強しているものの、教科書以外の本を読んでいる生徒は案外少なかった。

(タク・チセンはどんな本を読んでいるんだろう)

 マルは彼と話がしたい、と思った。しかしどうしても話しかけることが出来なかった。何しろ彼はカサン人だ。ヒサリ先生は、カサン人とアジェンナ人は完全に平等だと言っていた。しかしそれは建前だという事を、ここに来て嫌という程思い知らされた。カサン人とアジェンナ人の間には厚い壁が存在している。教室の中で、カサン人とアジェンナ人の生徒は決して言葉を交わす事がない。

しかし、マルがタク・チセンに話かけられない理由はそれだけではなかった。彼には人を寄せ付けない雰囲気があった。彼は教室でも図書館でも、カサン人の生徒とすら言葉を交わす事が無かった。彼を取り巻く空気は明らかに周囲と違っていた。彼は本だけを友とし、孤独の中にいて、それでいて寂しそうな様子を見せる事無く、超然としていた。

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