第28話 友とライバル 3

 悪夢のような教練の時間が終わり、再び教室に向かう間、マルのそばにいたアジュ人の少年が近寄り、そっと囁いた。

「君の同室の少年は下賤の者だろう? あの野蛮な体の動きからすると」

 アジュ語だったが、そんな内容であることはなんとなく分かった。マルはムッとした。自分はこれまで散々「卑しい妖人!」とか「汚らわしいイボイボの子!」などと言われてきたし、その事にすっかり慣れていた。しかし友がこんな風に言われるのは我慢ならない。恐らく貴族様に違いないアジュ人の少年が、自分に対し親愛の情を込めて無邪気にそんな事を言って来るのは何とも不愉快だった。

「私はアマン人なのでアジュ語はよく分かりません」

 マルはカサン語で返すと踵を返し、シンの方に駆け寄った。

「ひどい! ひどいよ! どうしてのろまのおらじゃなくて君がこんなに殴られなきゃいけないの?」

「なあに、どうってことねえさ」

「本当?」 

 猿の面を被っているため、友が本心からそう言っているのか必死に痛みに耐えているのか、表情から知る事が出来ない。しかし彼の黒い肌は赤く光っている。痛そうだ。

「いいか、ここの教官連中はアジェンナの土人ごときがカサン人より能力が高いっつーのが許せねぇんだよ。だからデキる生徒を協調性がねえだの何だの難癖付けていじめやがる。教官だけじゃねえ。カサン人の生徒連中もだ。俺らの中で目立つ奴がいれば徹底的に目ぇ付けられるぜ。覚えとけ」

(信じられない! 優秀だといじめられるるなんて!)

 こう思ったとたん、マルにふと一つの疑問が浮かんだ。

「でも、そうと分かってて君はどうしてあんなに目立つ走り方や腕立て伏せをしたの?」

「そりゃまあ、向こうの考えがそうだからって、ハイそうですね、我らは永遠にカサン人より劣ったアジェンナ人でございます……てな顔してんの癪じゃね? 俺は殴られても、時々は連中の鼻を明かしてスカッとしてえ。時にはな」

「殴られても……」

 マルは友の赤く腫れた腕を見ながら、彼の言葉は半分本当だが半分は嘘ではないか、と思った。彼はヒン先生の目を運動音痴な自分から逸らすためにわざと悪目立ちするような行動を取ったのではないか。同時にマルはこんな事を思った。

(これが『最高の教育』? 何もかもめちゃくちゃだ!)

 思えば自分がスンバ村の壁の無い教室でヒサリ先生から授かったもの、あれこそが「最高の教育」ではなかったか。あそこでは、ただただ勉強して自分が賢くなる事を考えていればよかった。そんな事で誰かに目を付けられていじめられる心配なんかしなくてよかった。ヒサリ先生は生徒の誰かが人より優れている所があれば、皆の前でそれを言って褒めた。だからマルは生徒一人一人何が得意なのかを知っていた。反抗的なナティについてさえ、「あなたは態度は悪いけれども作文は上手ですね」と皮肉っぽく言っていた様子がありありと瞼に浮かぶ……。しかしここでまたしても、マルは激しく頭を振った。

(もうっ!! バカ! バカ! おらのバカ! ヒサリ先生の事は忘れるって決めたんじゃないか……!)

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