第26話 友とライバル 1
翌朝はけたたましい鐘の音と共に目覚めた。マルが布団の中で目を擦っている間も、周りでバタバタという慌ただしい身支度の音が聞こえてくる。
「急げ! 朝は火事の家から逃げ出すつもりで準備するんだ!」
シンの声に、マルは慌てて布団を跳ねのけて起き上がった。そして寝間着を脱いで制服に着替えた。その間、先輩達の声が聞こえてきた。
「ああ、最悪だ! 教練とカサン語が重なるなんて。またヒン先生に殴られる」
「俺はカク先生の方が怖いよ。課題の作文出来たか?」
「出来ねえよ。何て書いていいのか分らんんし、どうせ何書いても怒鳴られるんだ」
昨夜、マル達を下品な言葉で侮辱しいやらしい手つきで腹を撫でまわした先輩と同一人物とは思えない程怯え切った声だった。
マル自身がこんなに慌てていなければ、心の底から恐怖を感じたに違い無い。スンバ村にいた頃は、鳥の鳴き声や妖怪のお喋りに耳を傾けながらゆっくりと起きて、ダヤンティが前の日に作ってくれた夕食の残りを食べていたものだった。けれども今は考え事をする時間も無い。食事を食べに行くタイミングも厳格に決められているらしい、
シンは先輩達を、
「行ってらっしゃいませー!」
とうやうやしく頭を下げて見送った。昨夜の喧嘩が嘘のようだ
「なんか、怖い先生がいるみたいなんだけど」
「そうだ。特にやばいのが『狂犬』ヒン先生だ。教練の先生だが、髪を逆立てて角材を振り回す様はタガタイの下町のチンピラそのものだぜ。あの先生に尻をぶたれたら、その日と翌日は椅子に座るだけで痛てえから、まあ眠気防止にはなるな」
「ねえ、なんでそんな人が先生なの?」
「知らねえよ。カサン人は子どもを殴れば殴る程体が鍛えられるって思ってんじゃねーのか? だがな、ヒン先生よりおっかねえのがカサン語のカク先生だ。ライオンみたいに吠えるぜ。それで、授業中、出来の悪い生徒を、当人が一番言って欲しくない言葉で罵るんだ。俺なんて『女に全くもてない野蛮な好色魔』って言われたしな。まあそりゃ全く的外れだけど」
「ねえ、なんでカサン語の先生がそんなひどい言葉を使うの? 正しく美しい言葉を教えるはずの人が!」
「知らねえよ。カサン人はそれで子どもの精神が鍛えられるって思ってるらしい……おい、なんか匂うんだが」
「おら、おしっこ漏らしちゃった……」
「バカ! すぐ着替えろ! 分かったか、こういう時のために着替えがあるんだ」
着替えが済むやいなや、シンはマルの腕を取った。
「よし、食堂まで走る! 食堂へは先輩の後に出て、先輩よりも先に済ませて戻るのがルール! 五分で食うぞ!」
早足のシンに必死について行こうとすると、彼はひょいっと首をマルの方に向けて言った。
「おい、走るなよ。動作は機敏に! でも廊下は走るな! がここのルールだ」
「走らなきゃ追いつかないよ! だって君の脚の方がずっと長いんだし」
「お前の短い脚を二倍速く動かす! だがあくまでも走らない!」
そんなむちゃくちゃな、とマルは思った。
「ねえ、何だかおら、このままだと、心がどこかに飛んで行って人間じゃなくなっちゃいそう」
「そうだ。まさしくそう! ここは人間を機械に変える場所さ!」
マルはふと思った。シンはどうしてこんな恐ろしい場所に来たんだろう? 自分で望んで来たんだろうか? それとも自分と同じように誰かに無理やり連れられて来たんだろうか?
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