第24話 タガタイ第一高等学校 10

部屋に戻ると、シンは手早く上級生達の机の上のランプに火を灯した。続いて自分とマルの机のランプにも火を灯し、席についた。

間もなく上級生達が部屋に戻って来た。上級生達は机についたものの、しばらくヒソヒソ二人で何か話をしていた。マルはしばらくの間、上級生達に何か言われるんではないかとヒヤヒヤしていた。やがて上級生達が教科書とノートを広げて黙り込むと、マルは再びノートに、頭に浮かぶ言葉を次々記し始めた。

イボの無くなった手は、慣れてくると以前に比べ格段に字が書きやすくなったと思った。しかし、ひたすら書き続けているうちに、だんだん手が痛くなってきた。もう手が動かない、と思っていったん鉛筆を置いた。

(おら、なんでこんなにカサン語で物語なんか書いてるんだろう? もう読んでくれる人もいないのに……)

 ヒサリ先生が頭に浮かんだ瞬間、目の前の机が深い沼になった気がした。自分がこれまでヒサリ先生に捧げてきた日々は何だったのか。ヒサリ先生のいない自分の人生など、からっぽだ。無いも同然。ここにいる自分は以前の自分とは違うんだ……。

「なあ」

声をかけられふと横を見ると、マルは横の机で勉強していたシンが手を止め、自分の方をじっと見ているのに気付いた。

「えらく熱心に書いてんだな。そりゃ何だ? ……ってまあ、聞かなくても分かるさ。男が必死で書くものといえば一つしかねえ。女に送る恋文さ」

 その瞬間、マルのこらえていた目から涙がドッと溢れ出した。そのまま、文字を埋め尽くしたノートをザッと引き裂いた。

「おいおい、何するんだよ!」

 さらに細かく千切ろうとするマルの手からシンは紙を奪い取った。

「つらいんだな! つらいんだな! 分かるぜ俺も!」

「分かるもんか! 信じていた人に裏切られたんだ!」

「分かるさ! いいか、よく聞け、俺もこれまでだいぶ人に裏切られてきたぜ。だがよ、一番つれえのは実の親に裏切られた事だな。俺のクソ親父は、俺を殺そうとしやがった!」

 マルは思わず息を呑んだ。シンは父親に嫌われていた、と言っていたが、まさか殺されそうになっていたなんて! そんな親が本当にいるのか。物語の中でしかあり得ないと思っていた。どんな理由があるのか。そんな目にあえば一体どんな気持ちになるのか。全く想像もつかない。

(おらの母ちゃんはおらの命を守って、代わりに自分は死んでしまったのに!)

 自分の惨めさを嘆く涙の下からシンの気持ちを思う涙がせり上がり、マルの目からどぶどぶと溢れ出した。

「どうして……どうして君はそんなに強いの?」

「どうして強いか? そうだな。うーん、まあ、言ってみりゃ、俺の『使命』のためかな」

「使命?」

「うん。使命ってのはな、別に俺だけじゃねえ。誰でも持ってるもんさ。お前もな。お前がまだ知らねえだけで。俺は自分の使命ってもんが分かってる。自分の使命が分かりゃ強く生きられる。そういうもんさ」

「おらの……使命……」

 シンはマルの書いた紙を広げて伸ばしながら言った。

「この恋文、出さねえんなら俺が読んでもいいか? まあ、お前が嫌って言うんなら無理は言わねえけどよ」

「読んでいいよ。でもそれは恋文じゃない。ちょっとした物語なんだ」

「へえーー! そりゃ面白そうだ! 俺はお前の事がもっと知りたくなった。お前、とんでもなく不器用なくせに、とんでもない勢いでそれを書いてるのを見て、ただもんじゃねえって思ったぜ。俺にゃとてもそんな芸当は出来ねえ」

(変な事褒められるな)

 マルは思った。鉛筆なんてちっとも重くないのに。

「おい、うるせえぞ!」

 上級生達の声が飛んできた。自分達も先程までずっと喋っていたくせに、下級生のヒソヒソ話は許せないのだろう。マルとシンは互いに顔を見合わせた。シンの猿顔の面がなんとなくニヤッと笑ったように見えた

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