第23話 タガタイ第一高等学校 9
突然、鐘の音がけたたましく鳴り響いた。マルは驚いて顔を上げた。シンはピョンと立ち上がり、マルの腕を取ってグイと引っ張り上げる。
「夕食の時間だ! 行くぜ!」
「行かない。お腹空いてないから」
「そうはいかねえ。ここは戦場だ。生きるためのな。戦争に備えて腹にとにかく詰められるだけ詰めるんだ」
上級生達が出て行った後、マルは仕方なく立ち上がった。
シンについて廊下をいくつも曲がった後たどり着いた部屋は、今まで見た事が無い程広々としていた。そして中では同じ格好をした少年達が大勢ひしめいていた。部屋には細長いテーブルがいくつも並べられ、そこで少年達が食事をとっている。これだけ大勢の少年達がいるのに、話声は全く聞こえず、ただカタカタと食器の音が冷たく響くばかりだった。部屋の奥の方では少年達が列になっている。手にしたお盆に乗せた食器に、女性達から食事をよそってもらっては席について食べ始める。一方食べ終えた少年達は無言のまま次々と食器を手に席を立つ。その光景は異様だった。全員が、あたかも心を失ったまま、悪い妖怪に操られているかのようだった。
マルはかつて、スンバ村ではいつもダヤンティが作ってくれた食事を寝そべったり地面で胡坐をかいたり気の向いた格好で本を読みながら食べていた。カッシが一緒の時はお喋りがはずみ、食事を終えるまで一時間もかかっていた。しかし目の前の少年達は黙ったままものすごい速さで食事をかき込んでいる。これは食事を取るというより、何かの作業をしているようにしか見えなかった。
「さ、並ぶぜ」
マルはシンにくっついて列に並んだ。そして少しずつ前に進んだ。
「やあ、ニアダ、マスク姿も美しいね。なんだかミステリアスで。夜の女王って感じだ!」
「余計な事言わないで、さっさと皿をよこしな!」
シンと女性のやりとりに、マルはハッと顔を上げた。大きな鍋の向こうでは、ニアダがシンに向かって目を尖らせている。彼女はシンの皿におかずをよそった後、マルの顔を見て「あっ」という表情をした。マルはニアダに何か言おうとしたが、その時間も無く、待っている生徒に押し出されるように列を離れた。
マルがテーブルにつくと、シンが言った。
「食事は十分でたいらげる! グズグズしてると怒鳴られるからな!」
同時にシンはサッと視線を周囲に向けた。部屋には鞭を持った男が二人立って生徒達を見張っている。
(十分で食べろだって!? 無理だ!)
しかし、そんな思いを口にする暇も無い。マルは必死で口を動かした。
カサンの料理のおかずは箸を使って食べる。箸の使い方はヒサリ先生から教わったが、実際に食事を取る時はヒサリ先生はいなかったのでこっそり手づかみで食べていた。今、箸を手にしてもまるで使えない。かといって手づかみするのも憚られる。仕方なく皿を口につけ、流し込むようにして食べた。全く味わうどころではなかった。食事の途中、息継ぎのようにふと顔横を見ると、シンが箸で肉をつまみ上げてしげしげと見つめていた。
「メスじゃねえか、念のため確かめてんだよ。カサン人は野蛮だから、平気でメスの肉食うからな」
「え?」
「いいか、メスの動物ってのは神聖なんだ。俺らアジェンナ人は、普通メスは食わねえだろ?」
「よくわかんない。肉はあんまり食べた事無いから」
「よっしゃ。これはオスだな。オスならまるごと一頭でも食うぜ!」
アジェンナの人達がメスを食べないのは神聖だからとか何とかいう理由じゃなくて、単に子や卵を産んだり乳を出すからじゃないかと思ったものの、そんな事を口にする暇は無い。
マルが再び前を向いた時、向かいの列の端の方に、見覚えのある横顔を見た。
(エルメライ!)
マルの口から頬張った食べ物がこぼれ落ちそうになった。しばらくの間彼に見入っていると、視線に気付いたのか、エルメライはふと顔を上げてマルの方を見た。マルはとっさに顔を下げ、再び目の前の食事を頬張った。エルメライが自分に何か話しかけて来るんじゃないかと思った、しかししばらく下を向いていた後、恐る恐る顔を上げると、エルメライの姿は既にそこに無かった。
(イボが無くなったからバレなかったんだ)
マルはほっとしたが、その先全く食事が喉を通らなかった。
「おい、手ェ止めてんなよ、食えよ」
「もう、とても食べられない」
マルが呟くと、目の前の皿からサッとパンが消えた。
「!!」
魔法を目にしたようで、マルが驚き瞬きしていると、シンが自分の懐を指さしてニヤリと笑った。
「後できっと腹が減るぜ。夜中にでもこっそり食ったらいいさ」
マルはシンと一緒に立ち上がり、食器を洗い場まで持って行った。まるで突風のような夕食であった。
「食事は、上級生より後に食堂に行き、先に戻る。それが鉄則だ。さあ、早足で戻るぞ!」
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