第10話 別れ10
その夜、マルはラドゥと彼の妻のクーメイ、スンニの前で歌物語をした。古くからアジェンナに伝わる話で、マルと同じく全身にイボがあるトゥラという名の少年の冒険の物語だ。スンニのリクエストに応じたものだった。
ずっと幼い頃、マルは洪水の日にラドゥら一家に泊めてもらった時に、覚えたての物語を懸命に披露した。それはマルの先祖から代々受け継がれてきた仕事だった。たった一人でそれをするという大仕事を、マルはその日、初めてこの家族の前でしたのだ。あの時はまだ幼くて最初の方しか知らなかったけれど、今日は最後まで語った。
長い長い物語なので、特に面白いと思う所を拾って自然につながるように語り歌った。それでも結構長い。途中、皿に灯した明かりの油が切れてしまったため、ラドゥが真っ暗な中油を探しに行かなければならなかった。語り終えると、スンニはすっかり満足した様子で言った。
「ああ、面白かった!」
「そうだな。マルが歌えば特に面白い」
ラドゥがちょっぴり笑いながら言った。
「だけどマル、おめえはすごく品がいいな。確かトゥラの話には恋人のアルマティカが最後トゥラの全身のイボを舐めて吸い取る場面があるじゃないか。あそこはやらなかったな。男はみんなあの場面だけは知ってんだがなあ」
「女の方の前だとちょっと……」
マルは下を向いてモジモジ手をこすった。
「あら、あたしは平気よ。ねえ、マルもトゥラみたいにイボが無くなったら美男子になるんでしょうね。そしてお嫁さんをもらう!」
「いいやそんな。あれは作り話だし」
と言った後、マルはハッとした。
「そういえばおらのイボイボ、もうじき無くなるみたいなんです」
これにはラドゥもスンニも驚いたようだった。
「だけど、おら、すごく怖い……。おらの母ちゃんはピッポニア人の捨て子だった。だからおらは多分『白ねずみ』みたいな顔をしてる。オモ先生がおらを見て何て思うだろう」
それを聞いてラドゥとスンニはプッと吹き出した。
「マル、オモ先生はそんな事は気にしねえさ。先生はいつも言ってたじゃねえか。大事なのは肌の色なんかじゃない、心だって」
「でも、そうはいっても、頭で思った事と心で感じる事は違うでしょ? 体にいいってわかっていてもどうしても好きになれない食べ物みたいに」
これを聞いてラドゥとスンニが腹を抱えて大笑いした。
「大丈夫。あたし達、たとえあんたの顔が白ねずみみたいでもあんたの事が好きよ。ああ、そうだ! 今植えている米の収穫が終わる頃、あたしお嫁に行くんだけど、結婚式に歌いに来てくれない? 母さんもきっと喜ぶと思う」
「ええ、そうします。お母さん、元気ですか?」
「ええ、元気よ。だいぶ年とったけどね。なんなら、明日会いに行ってみない?」
「そうですね。ただ明日の昼に友達と会う約束をしているから、夕方か明後日でもいいですか?」
「そうか。分かった。田植えも済んだところだし、明日にでもヌンの様子を見に行ってみるよ、その後、夕方一緒に母さんの所に行こう。それならお前も安心だろ?」
ラドゥは言った。
その日、マルはラドゥの家で寝た。ヌンの事や自分のイボが無くなった後の事や高等学校進学の事などを考えてふさぎこんでいた気持ちが、ラドゥと話すうちにいつしか晴れていた。
ラドゥは本当に頼りになる。まるで実の兄さんみたいだ。いや、兄さん以上だ。マルの本当の兄さんのオムーは、ちょっと怖い所があった。そしてある日マルを置いて遠くに行ってしまった。
マルは久しぶりにゆっくり寝て遅く目覚めた。起きるとラドゥの妻クーメイが囲炉裏の傍で赤ん坊をあやしながら朝食の準備をしていた。
「かわいい赤ちゃん! 名前は何と言うのですか」
するとクーメイは
「オーン」
と言って微笑んだ。その後、マルはラドゥ、スンニ、クーメイと共に朝食を取った。ラドゥは饒舌ではない。しかしラドゥは、もっと村には学校が必要だ、という事やカサン人に頼ることなく、自分達で農業や生活に必要な知識を伝える教育の場を作るべきだ、ということを、静かだが熱のこもった口調で語った。その言葉はマルの心に染み入るように感じられた。マルはただただ感心してラドゥを見つめた。
(そうだ。やっぱりおらもアロンガの高等学校に行って先生になる免許を取るべきなんだ。そしてこの村のみんなのために何が出来るか考えなくちゃ……)
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