第9話 別れ 9
ラドゥ自身が仲間の手を借りつつ作ったという家は、簡素ではあるがいかにもラドゥらしい堅固な作りだった。
高床式の家の梯子段の下まで来た時、マルは不意に、ラドゥは今の時間なら働きに出ていて家にはいないはずだ、と思った。しかし太陽がもうじき空のてっぺんにたどりつく。そうしたらラドゥはお昼ご飯を食べに戻って来るのではないか。マルは自然に心に浮かんで来る歌を口ずさみながら、家の床下でラドゥが来るのを待った。
「あら、マルじゃないの!」
不意に声をかけられ、マルは振り返った、そこにはマルと同じ年ごろの娘が立っていた。
「私を覚えてない?」
確かに見覚えがある。ラドゥによく似た顔立ちで、眉が濃く体つきががっちりしている。
「ええと、どこかでお会いしたと思いますが……」
「ラドゥの妹のスンニよ! 昔、洪水があった日、あんたうちに来たじゃない。まだこんなにちっちゃかったのに、トゥラの物語をすごく上手に歌ったわ」
「ああ!」
マルは今度こそはっきりと思い出した。
「これはどうもどうも、お久しぶりでございます」
「アハハハハ! そんなにかしこまらないでよ! 兄さんを待ってんの? 中で待つといいわ。もうじき戻って来るはずよ」
マルはスンニの後について家の中に入った。そこには、ラドゥの妻がくつろいだ格好で囲炉裏の鍋をかきまわしていた。スンニとマルが囲炉裏のそばに座ると、さっそくスンニが言った。
「あたし、兄さんからあんたの話はしょっちゅう聞いてるし、あなたが歌ってるのも聞いてるのよ。それから人面獅子退治の時は大活躍だったじゃない」
「ええと、そんな事は無くて、活躍したのはおらの友達のナティで……それにラドゥが村の人からたくさん人面獅子を酔わせるためのお酒を集めてくれたから退治出来たわけで……」
「でも、あの時のあんた、大切な人を守る勇者みたいだった。あたし、あの時あんたに声かけたのに、無視したわね」
「え! そうなんですか! ごめんなさい。人面獅子があんまり怖かったもんで」
「そうじゃない。あんたはオモ先生を守ろうと必死だった」
「いえ、えっと、あのう……」
マルは何と返事して良いのか分からず、おずおずと下を向いた。
「クーメイ、お客さんが来てるのか?」
そんな声と共にラドゥが姿を現した。
「マルじゃないか! 珍しいな!」
「ラドゥ、実は相談したい事があって」
マルはラドゥが囲炉裏のそばに腰を下ろしたところで、さっそく話しはじめた。森の中で見た事、ニジャイからの頼み、ヌンの様子、ヌンの事が心配だということ……。
「ふむ……」
ラドゥはいつしかがっちりした両腕を胸の前で組み、マルの話にじっと聞き入っていた。
「その森の小屋に集まってる子らは魔法の実でおかしくなってるのかもなあ。あれはやり過ぎるとだんだん魂が体から離れて、しまいにゃ悪魔に持って行かれるっていうから。だけど不思議だな。どうやって奴ら、魔法の実を買うだけの金を手にしてるんだろうな。もしかしてカッシがただでやってるのか?」
「カッシはそんな事しないよ! だってあれを売って、カッシの山の仲間達は生活してるんだから」
マルには友を擁護したい気持ちもあった。そもそも自分はカッシを責められるだろうか? 母さんは言ってた。歌物語も時には魔法の実と同じ位、人の心に恐ろしい作用をもたらすものだと。歌物語は人を元気にするし人に必要なものだけど、時に人の心を迷わせ狂気に駆り立てる事もある。だから気を付けて扱わねばならないのだ、と。
「おらはカッシを責めてるんじゃねえ」
ラドゥはマルの気持ちを察したように言った。
「魔法の実は、少し使うのは人の役に立つんだ。大けがをしたりして苦しんでいる人に使うとスッと楽になって、その後治りが良くなるっていうしな。ただ、お前が森で見た連中は、どうもその加減が分かってねえみてえだ」
ラドゥは少し考え込んだ後さらにこう続けた。
「明日にでも、カッシに案内してもらって行ってみるよ。ヌンの事は心配するな」
マルはほっとした。ラドゥはとても頼りになる。自分ではどうする事も出来ないような難題も、いくつも解決してくれた。
スンニが言った。
「ねえ、マルが久しぶりに来たからあたし、歌を聞きたくなっちゃった。どう? 兄さん、今日マルに一日ここでゆっくりしてもらって、夜、仕事を終えて戻ったらマルの歌を聞きましょうよ!」
「そりゃいいな。クーメイ、お前も歌が聞きたいだろ?」
ラドゥの言葉に、ラドゥの妻は頷いた
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